夕焼けに染まる世界。なんて情緒溢れる公園で、渡せなかったチョコレートを持って立ち尽くしていた。
 すると、

「それ、ボクが貰ってあげよーか?」

 ひどく軽い声が私の耳を通り抜けた。

テネラメンテ

 誰。
 そう尋ねる前に、手に持っていたチョコレートの箱をふわりと持ち去られてしまった。そうしてその見知らぬ男の全貌を見ると、なんとも派手な常識の欠片もない姿で、自分が関わるべき人間ではないと強く認識する。
 不審者だ。

「あの、返してください」
「なんでー? あの男の子にイラナイって言われてたじゃん」

 悪気もなく、本当に不思議そうな顔をして男は言う。デリカシーを微塵も持ち合わせていないのだろうか。この時もはや、男に対する不信感や恐怖感は薄らぎ、怒りを覚え始めていた。

「だからって、あなたに渡す理由なんか……!」

 実際、胸の中はぐちゃぐちゃで自分でもどうしたらいいかわからない苦しさを抱えているのに、こんな無神経な男にまた傷をえぐられるような事を言われなければならないのか合点がいかない。

 ──きっと、チョコレートを渡そうとしたのは、考え無しだったんだけれど。

「でもさ、それ持って帰ってどうすんの? 捨てるにしてもムナシーし、ならここで腹を空かしてるイケメンにあげた方が良くない?」

 自分でイケメンって言うのはどうなのよ、と呆れながら振り返ると、先程までかけていたサングラスを外した彼は、よく見ればその類いかもしれない、と反論も出来ない驚き。

「じゃあ、開けるよ」

 いいよなんて一言も言ってはないのに、彼はすぐそこのベンチに座って包みを開きだした。ラッピングに意外な時間がかかったなあ、なんて遠い記憶のように思い出しながら、私も彼の隣に座った。

「うわ、うまそう! すげえ凝ってる!」
「ただのガトーショコラじゃん」
「え、でも、ほらこことか生チョコっぽい層が……」

 確かに手はかけた。いつもは簡単トリュフやら素早く出来るものばかりだったが、今回は時間をかけたのだ。色々と考えることがあったから。

 なのに。

「やばい、これすっげーウマい」
「……美味しい?」

 私の、精一杯のチョコレートだった。

「ほんとに美味しい」

 さっきまで滅茶苦茶だった彼が、あんまり柔らかくて大人びた笑顔でそう言うので、私はまた驚いて、言葉が出ない。
 胸に何かがつっかえる。

「あーあ、馬鹿だなあいつ。こんっなウマいもん食えないなんて」

 なあ、と彼がこちらを見た時すでに、私は無意識に泣いていた。隠すことも出来ないで、ただ抵抗もしないでぼろぼろと涙を流す。

 私はいけなかったかな。
 このチョコレートのせいで困らしてしまったかな。

 そんな私の顔を、甘い匂いをさせる彼が彼のマフラーで豪快にごしごしと拭った。鼻の頭がじんじんする。
 乱暴に優しくされるなんて変な感じ、とやっぱり今まで自分が接してきた人間にはない彼の行動にしみじみと考えてしまった。

「女の子を泣かす男はもっと馬鹿だ」

 惜し気もなく自分のマフラーを差し出している彼は、いやな顔ひとつしないで、口の端にチョコレートをつけて笑っている。
 思わず、つられた。

「クサいよ、その台詞」
「あ、笑った。かわいーじゃん」
「ばーか」


「ほろ苦い」
微糖

タイトル by さなぎ様


非常識で乱暴で優しくて柔らかくて甘い彼が書きたくて。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -