お前がいると迷惑なんだよ。全国大会を目前にして、同級生は唾を吐いた。たいして上手くもない癖にふらふら立ってんじゃねーよ、と商売道具の脚を蹴られ、じん、と痛みが広がる。たいして上手くもない癖に、はそっくりそのまま返してやるよとは言えず、蹴られた脚を庇いながら同級生の顔を見上げると、
「死ねよ」
とありきたりな文句が。
死ねるもんなら死んでる。
家の鍵を開けながら呟く。重い扉はまさにこの家を象徴しているようで、入るのも出るのもつらいのだ。裕福でも貧乏でも無く、じいちゃんが死んで核家族になったこの家はばらばらに散らばった。
もう高校生なんだから、が母親の口癖。
「ご飯早く食べちゃってね。あ、明日はお弁当作れないからコンビニで何か買って食べて」
母親は介護職をしている。何かと忙しいようで、食卓に並ぶ夕飯は彩りが悪い。四人掛けのこの空間はいつもがらりとしていて、最近は父親の影も見えないぐらいだ。
「もうすぐ大会だっけ、いっぱい食べて頑張ってね」
飯の心配をしておけばいいんだもんな。
なんて、いつの間にか嫌味のひとつやふたつ、思いつくような歳になっていた。
脚の痛みは、消えない。
「また来たのお前。迷惑だっつったろ」
同級生は後ろに数人を連れ立って満足気だ。小さい人間だなあ、とは言えず、脚を少し後ろに引いただけ。
「死ねよ、なあ」
お前の口癖は、それか。
「死なねーよ」
「は?」
脚が痛むのと同じ、きっと死ぬのって痛いんだろう。色んな意味で。
「死なねーよ死ねねーよ、んな勇気無いもんよ。つーか自殺なんかした方がガッコに迷惑かかんじゃないの、部内の陰湿なイジメによって男子高生自殺なんていい見出しになるんだからさあ」
世の中はばらばらだ。権利とか自由とか言って自分の価値観を人に押し付けて、心配をしている芝居。死ぬ勇気があるなら死ぬ気で頑張れよって、なんでそこまで強要されなきゃいけないんだよ。何様なんだよ。うるさいんだよ。もっと頑張れまだ頑張れもうちょっと頑張れって皮と骨になるまで言い続けるんだろお前ら。
「俺はさあ、死んでまで迷惑かけたくない訳よ。頑張らなかった日なんて記憶に少しも無いくらいに、一応頑張ってきたからさ、これまで。生まれて歩いて進学して部活やって頑張ってきたからさ、ここで死んだら今まで母親に掛けた迷惑拭えない訳よ。だからこれからも大学入って就職して母親養うまで頑張らないと死ねない。なあ、俺、頑張らないといけないから死ねない」
そしてまた同級生を見上げた。すると同級生は、何マジになってんの、嘘に決まってんだろ。と半笑いで足早に歩いていった。
なんだ面白くない奴だと思った。
「さて、」
今日も頑張るか。足元の砂の固まりを踏み潰す。自分のようだと半笑いした。
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