僕の世界は平面に広がっている。けして、僕が相容れたり触れたり、僕の思いなど反映されない。それでもいい、二次元最高。

三時、三次、惨事

 僕みたいな真性には男の友達だって少ない。ネットの中の、指の会話ならすらすら出来るけど、きっと声を出すとなれば何も言えない。だから仕事の無い休日は誰に会うこともなくて、それが苦でもない日々。
 苦手なものは、三次元のリア充、女子全般。けれど、例外が、ひとり。

「……なんだって言うの、こんな時間に」

 インターホンの無い僕の部屋のドアを乱暴に叩いていた拳が、鍵を開けた僕の身体を抱き寄せた。酒の臭いが、長い黒髪の香りと混ざって鼻を刺す。

「コンちゃーん!」

 美雪は泣いていた。相変わらず可愛くない顔を涙で濡らしていた。
 高校生の頃から、見慣れた顔だ。

 美雪はクラスでも三軍の生徒だった(僕はその更に下だけど)。一重だし、黒髪だし、眼鏡だし、ちょっと太ってるし、ヲタクだし、それも腐ってるヲタクだし、とにかく目立たない女子だったけど、委員会が同じになったことで何故だか美雪は唯一話せる存在になった。

 それから高校を卒業して、別々の大学だって卒業して、そして就職して。時は流れに流れて、それでもこんな風に頻繁に会って話す関係にまでなった僕にとっては奇異な人間・美雪だが、少し一般常識に欠けてる気もしなくはない。
 何せ今は、深夜午前三時。
 そんな時間に、ただの男友達の家に泣き叫びながら来るなんて。

「ちょっと……、話聞いてあげるから落ち着いてよ」

 僕は美雪の肩をあやすように叩きながら、彼女を部屋の奥へと案内した。

 座らせると、美雪は慣れた手つきでティッシュ箱を自分の方へ寄せて、何枚か一気に取り出して豪快にハナをかんだ。僕は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、大きめのグラスに注いで彼女に渡した。

「……かちょーが、別れよって」

 僕が斜め横に座ったのと同時に、鼻声で美雪は話し出す。乱暴にティッシュをあてていたから鼻は、ひどく真っ赤になっていた。
 美雪は地味な女だがやることはやっていた。ファーストキスは小学生らしいし、処女だって知らない間に高校で捨てていたらしい。クラスの一軍と付き合っていたこともあるし、恋愛面に関しては中々暇の無い女で、最近は職場の課長と不倫関係にあった。

「……奥さんにバレる前に終わりたいん、だってさ。君をこれ以上は愛せない、とか言って……」

 話していると、きっと更に思いが込み上げるのだろう。美雪の小さな目から次々に涙が溢れていく。

「臆病でカッコ悪いよね。もっと相応しいこと言えなかったのって感じだよね。こんなの、ダサい。ダサすぎる。漫画だったらほんっとに面白くない展開だし」

 美雪の喉が鳴って、グラスの中の透明な水が無くなっていく。美雪の下手な化粧はすっかり崩れて、飲み込んだ分だけ涙になっているのかと思うぐらいだ。

「バレたら良かった」

「バレて家庭ほーかいすれば良かったんだよ」

「そんで私のこと遊びだったのにって憎んでくれたら超面白い。漫画的ドロドロ展開」

 腫れぼったい目は美雪の小さな目を際立たせる。ああ、こんな顔、ずっと前にも見たな。そんな歴史を築いちゃってるのか、と彼女の自暴自棄な言葉を聞きながら思った。悪くないとは、言える。

「なんか食べる?」

 僕は立ち上がって台所に向かった。冷蔵庫を開けると、冷たい空気に触れる。

 かちょーは、美雪のこと嫌いになれないから傷口が開かれる前に絆創膏貼ったんじゃない? 本当に好きだから、全うな恋愛して欲しいんじゃないかな。

「……ハムエッグでいい?」

 なんて野暮なことは言わない。というか、美雪のこの泣きようみたら、彼女もそれくらいわかってるんじゃないかって思うし、それ以前に童貞の慰めなんてアニメの実写化ぐらい難が有りすぎる。

「コンちゃんは、最初っから否定も肯定もしなかったよね」

「好きだよ、私コンちゃんのそういうとこ」

「だから私、最後は意地張らないで済むもん」

 何言ってんだこの女、と台所から覗くと断りもなしにヒトのベッドで漫画読んでる。ホント何この女、と思いながらもフライパンを火にかける僕。
 あ、確認の為に言っておくけど、実は僕は美雪が好きだった、なんてありきたりな真実は存在しないから。僕の嫁は二次元にいるから。念のため。


「午前3時」
to 微糖


「真のヲタクは女子の友達しかいない」という噂を聞いて落ちてきたネタ。美雪にまた彼氏が出来ても何の問題も無いけど、コンちゃんに彼女が出来たとき美雪の存在は危なすぎる。

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