あの日から一週間が過ぎた。季節は夏休みに終わりが見えて、ゆるやかに慌ただしい時季。トワコさんに変わったところはなく、俺は安心していた。

冷静さを失わず溺れる方法

 念願の恋人、という浮かれはさっさと消え失せた。俺が押しきってのスタートだったということは元からわかっていたし、トワコさんもそれらしい態度は見せてくれない。ジレンマを微かに抱きながら、俺はそれを誰にも見せないように自分の胸の中に閉じ込めた。

「付き合ってくれたってことは、嫌いではないよな。見込みはあるってことで……」
「何の話」
「……いつから居たんですか、早坂さん」

 店内に貼るポップの整理をしていたら、バイトリーダーの早坂さんが禁煙の筈の事務所で煙草をくわえてそびえ立っていた。

「お前がヒトリゴト言い出す前から」
「早坂さん存在感薄いから気付かなかった」
「お前ホント可愛くない」

 早坂さんとは付き合いが長い。俺の研修をしたのもこの人で、大学中退の上ふらふら歩く彼の人生を生ぬるく見守っていた感覚だ。

「あー、吉田さあ、今度の土曜は橋本と入ってもらうから」
「橋本さん? 橋本さんって確か平日しか入らないんじゃ……」
「なんか仁藤の代打するらしいよ」

 トワコさんの代打。つまりトワコさんは土曜日に用事がある。あの、トワコさんが。友達もいない天涯孤独なトワコさんが。

「今度のコンクール、か」

 ナントカ先生の最後のコンクールなんだったっけ。
 妙に冷めた気持ちが全身を駆け巡る。ああトワコさんってばあんなこと言っておきながら、あんな仕草しておきながら、俺より吹奏楽をとるんですね。終わった大恋愛を選ぶんですね。

「まあいっつも同じシフトにしてやってんだから一日ぐらい我慢してくれよな」

 早坂さんが笑いながらドアから出ていった。

「…………はは」

 何もかも馬鹿らしかった。自分がとんだ間抜けにしか思えなかった。

 トワコさんは何もわかっちゃいないんだ。俺がどれだけ彼女のことを好きなのか、知らないんだ。だって、そう思わなきゃツラい。わかっている上だったなら俺にはもう術が無いからだ。

「せめて、言って欲しかったな……」

 だって俺は一応、トワコさんの彼氏なんだから。

タイトル by 家出様


ケンジは結局のところ肩書きにすがりついて、自分の感情を抑えようと必死こいてるのだろうな、と

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