もう大人ね、なんて子ども扱いされる最近、意味のわからない大人に出会ってしまったようだ。
大人の定義
「はい、坂下くん」
渡された鞄。この間ガラス越しにちらっと眺めたものだった。雰囲気に流されて膝の上に置いてしまったそれは、アルバイターの私にはとても買えない一品だった。
「上條さん、これ」
「坂下くんがこないだ見てたから」
「いやいや、貰えないです」
はたからは奇怪に見えただろう。都会の真ん中の小さな公園のベンチで、ある程度の距離を保ちながらやりとりする男女。
何をしているんだ私。
「こないだのデートで見てたよね」
「見ました、見ましたけど」
立ち止まってもいない。食い入るように見つめた訳でもないのだ。雑誌で見掛けていいな、と思ったものだったからこそ、上條さんが隣にいる時に見ちゃいけないと思って目を背けたぐらいだったのに。
「不自然だったから」
上條さんは優しくこちらを見て微笑む。いつだってこの笑顔に押されて連絡先を交換したり、デートに行ったり、年不相応なハイヒールを受け取ったりした。
出会った時、上條さんはバイト先のお客だった。
「上條さん、本当に勿体無いですって。お金も、時間も。こんな大学生のガキ捕まえてないで」
料理をただ運んでいただけだった。こんなチェーン店に上條さんのような小綺麗な人が来るのは珍しいと思ったけれど、いつも通りの接客をしていたのだ。
「君は自分を卑下し過ぎ。僕にとって坂下君はその辺りにいる大学生とはまるで違う」
さらりと照れもなくこんなことを言うから、私は大人になるのがどういうことか疑問に思う。どこからどう見ても大人な上條さんは隠すと言うことを知らない子どもの様だからだ。
「何も違うことないですよ」
何も違わない。私はまだ自分の力だけでは生きていけないし、欲しい鞄ひとつ買えないし、ハイヒールで靴擦れを起こしてしまう、そんな子どもで、
「あれ、でも」
上條さんも子どもなんだっけ。
「どうかした?」
不思議そうな顔で上條さんが尋ねる。目尻のシワ、そんなものがあってもまだまだ子ども。
「ふふ、なんでもない」
そう思ったらおかしくて、ふわふわ宙に浮かんでいた足がカツンと高い音を立てて着地したようで、とにかく少しだけ上條さんに触れられる気がした。
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