「こうさ、自分がそうだからこそ不安に思うというか、なんか、まあ、それって情けないけど」

レッド・ライン

 青々とした空が広がる。夢にまで見た薔薇色のキャンパスライフのそれとは真逆に、すごく平凡で味気無い。
 そして今そこに立ち込めたのは黒雲だった。

「まあ優男だからモテそうだよね、金子」
「違う学部だからなかなか喋れないのに姿だけは見るじゃん。そしたらいっつも女といる気が……」
「で、佐山は付き合う前の自分たちを思い出す、と」

 火曜日の三コマ目はいつもぽっかり空いている。だから今日は同じ高校出の真由と図書室で自主勉がてら世間話だ。
 話題の中心、金子とはフルネーム金子康介といい、私の彼氏だ。付き合ってまだ三ヶ月。同じ大学を目指している内に意気投合。高校卒業後にそんな関係になった。
 と、ここまではよくある話だが、私を苦しめる少し特異な経緯がある。康介は私と付き合う前に別の女の子と付き合っていた。それも同じクラスの女の子で、要するに、略奪愛、だった。

「それでこんな不安になって馬鹿みたいだよね。まだ三ヶ月なのになんでこんな悩んでんだろ」
「そうよ佐山ちゃん、あんた幸せなのよ? 元カノだって同じ大学通ってんのに、変な噂も流されてなければ嫌がらせもされてないんだし」
「それは真美ちゃんが、スグ新しい男に目覚めたからだよ……」

 振り返ればその頃私は、康介の元カノ・真美ちゃんがどうにも気に食わなくて康介に接近したという部分も無くはない。今では真美ちゃんなんて全く関係なくなっているけれど、確かにあの時不純な思いがあった。
 しかし今は、こうして康介を見ているだけでもやもやっとした灰色が胸を渦巻く。
 どうしようもない。

「厄介な付き合い方すっからだよ」
「三ヶ月前って時効にならない?」
「さあ? 別に私そういうのアリだと思うし」

 真由はサバサバとした対応で、興味も無さげな経済学の参考書をぱらぱらとめくって言った。私は真由を眉を下げながら見つめた。

 「何?」、きっとそう尋ねようとした真由の言葉を遮って、「よ、お二人さん」と声をかけてきたのは紛れもない康介で、私はギクッとする。

「何の話?」
 康介があどけない笑顔で尋ねる。咄嗟に言葉が出ない私に反して、
「王子様の話」
 真由は含みのある笑顔で康介に言った。

「王子様?」
「そ、王子様」

 そう言いながら真由は借りた本を脇に挟みながら立ち上がる。そして康介の方にぽん、と手のひらをぶつけて、

「お姫様が悩んでるよ。なんとかしてあげな」
 と、次にその手をひらひらさせながらその場を立ち去ってしまった。

 図書室に残されるきょとんとした康介と、彼を見つめてどんよりした私。康介はさっきまで真由が座っていた席に腰を付け、にっかり笑う。

「あいつ本当いい奴だよな」

 簡単に言ってくれるね。

 真由と康介は、私が康介と付き合うようになってから話をするようになった。まだ三ヶ月、出会って間もない二人にはなんだって起こりうる。
 だからこそ私にはいい子になんか見えない。邪魔者にしか見えない。

「で、悩みはなんなのお姫様?」

 ──どうすればあの子に釘を刺せるか、とかね。


「繰り返す出来事とは。」
to 赤点回避/from 野呂




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