放課後、生活指導とかいう鬱陶しい役職の体育教師に捕まって一時間。日本男児がなんたるかを長々と語られた末、すいません俺実はクォーターなんです、と言ってみたらまんまと騙されてくれた。しかしまあ、そろそろ手入れはしないと、と思う長さに伸びた「キリスト」と称される髪の毛を触っていたら、ハゲが階段の踊り場で項垂れていた。

真実の指

 いつも糞ほど健康的なハゲが、と思って俺は目を疑った。しかし六三三で十二年の付き合いだ、見間違うはずなどない。あれはハゲで、野球部員で、体育教師と同じく俺の髪の毛をとやかく言う、「ブッダ」のあだ名を持つ男だ。

「おいハゲ、どうしたよ」
「ハゲ違う坊主じゃい。なんじゃ柏原、こんな時間にまた俺をイビりに来たんか」
「いやこんな時間なのは、生指に引っ掛かってたからなんだけど……」

 驚いた。これはマジで何かがあったらしい。ハゲが根暗のオーラを滲み出している。えらいモノに手を出してしまったと思いながら、俺はハゲと同じように床に腰をつけた。

「お前、部活は?」
「休み」
「嘘つけ、今もうっせー掛け声聞こえてんじゃねえかよ」
「俺、は休み」

 そう言ってハゲは己の指をこちらに見せた。ぐるぐるとテーピングらしきものをしている奴の薬指と中指。

 ぐらり、何かが、もしかして世界が、歪んだ。

「お前……それ」
「ん、試合出んなじゃって」
「まじかよ……」

 ハゲは馬鹿みたいに背が低い時からハゲだった。小さい背中に背番号をひっつけて、黒のランドセルはグラウンドの砂にまみれていつも真っ白。

 そんなハゲが、まさか。
 あいつからミット取り上げたら、後は何が残るんだよ。俺は誰だかわからない、仏でも神でもなんでもいいから、そんなことはやめてくれ、と願うことしか出来ない。

 俺はやっぱり人間だった。

 言葉が見つけられずにいると、ハゲがよいしょ、とテーピングを巻いた手をつき立ち上がる。

「ちくしょ、突き指なんかスグ治んのに……」
「──は?」
「ん?」

 え、突き指?

「試合出んなって……」
「ああ次の土曜な。二年のいい経験にもなるじゃろって。俺にとったら残り少ない機会なのによー」

 押し寄せる感情はぐっちゃになって、溜め息とかこめかみの疼きとか思わず漏れる笑いとか、収拾がつかない。ただ、これだけは分かる。混ぜるなキケン。

「なに笑っとん。きしょいぞ柏原」

 今、俺、すっげーこのハゲ殴りたい。


「an one's ace
in the hole」
to 月魚/from 野呂




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