わからないことがある。どうして、あのうざったい長髪の男が後輩に告白されているんだ。おかしい、キリストなんてあだ名の男なのに。
13th
珍しく朝に柏原に遭遇しなかったと思えば、予鈴前の教室にはでろっとした顔の柏原がいた。なんだかイヤな予感がするので、触らぬ鬼に祟りなし、近寄るのはやめにしたいが、なにぶん席が近いので致し方ない。俺は柏原に話しかけずに着席した。
すると、
「なあブッダ」
俺の方を振り返り、今じゃすっかり定着しやがったあだ名を呼ばれ、仕方無く「なんじゃ」と返事する。とたん柏原は気味の悪い笑い声を上げた。
そして言った、告白されたんだよ、と。二年生の小岩由香ちゃんに、と。
小岩由香。我が野球部の自慢のマネージャー。野球が好きで、ソフトボール経験者で、気配りが上手い。それに外見も可愛い。しかしながら、仮面の裏がものすごい。彼女にとって恋愛対象外である、野球部員のみが知ってる事実だ。
馬鹿だ、柏原。
「……お前、喜んどる場合じゃないぞ」
「フッ、ハゲが何を言おうと負け犬の遠吠えにしか聞こえねえな! まあそりゃ自分の可愛い後輩がとられるというのはあまり楽しい話じゃないかもしれないが……」
駄目だ。救えない。完全に浮かれきってやがる。こいつは小岩の上っ面しか見ていない。小岩は多分、もうすぐ誕生日を迎える俺に対して嫌がらせを遂行するつもりなのだ。それでなくても最近、小岩は「ブッダ先輩(笑)」と近寄ってくるのだから。
どうせ今回の目的は、「ブッダ先輩(笑)、私の彼氏のキリストくん(笑)です」とか何とか言うことだろう。あいつ。本当に根性腐ってやがる。
「もう返事したんか?」
「いいや、今日の昼休みにまた会うんだ」
「なあ、悪いこと言わねえからやめとけって。あいつの本性はえげつないんじゃ」
「またまた、由香だけにユダってか?」
にまにました笑顔で擦り寄ってくる、柏原のでこを手の甲で突っぱねた。そんなことをしながら、柏原の残念なキリストジョークを拾ってみる。
「キリストを裏切った十三番目の使徒か」
「それは間違ってる説らしいぞ」
「調べたんか? なんじゃキリストさん、御自分のあだ名まんざらでもないんじゃな」
俺は呆れたように、わざとらしい微笑みを見せると、柏原がハアアア? と身を乗り出して来た。
「お前こそピザ間たちに卒業旅行は奈良じゃー、って調子乗って言ってたじゃねえか」
「じゃかあしい! つかピザか風間かどっちかにしてやれや、いい加減可哀想じゃ」
「ほらそうやって話を変えようとする、ピザ間なんて今はどうでもいいっつの」
「と、に、か、く!」
話題が奈良に戻ってしまうことはどうにか避けたかったので、俺は力んで柏原の方に体を傾けた。
「小岩のことはお前の好きにしやあいい、どんな風になっても慰めてやるけ」
そう言い終えると、柏原は少し口をもごつかせてから、大きなお世話だっつうの、とこちらに背中を向けた。
後日、小岩に話を訊くと、さもつまらなさそうに言ってのけた。
「ブッダ先輩へのいやがらせ失敗ですよ。キリスト先輩、私に会うなり告白の返事じゃなくて、出席番号は? なんて訊いてきたんです。しかも答えたら、そうですか、では告白はお断りさせて頂きます、って。全く、私をフるなんて何考えてんだか」
だいたいの見当はつくが、俺は一応尋ねてみる。
「小岩、出席番号何番?」
「十三番ですけど?」
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