ふにふにと千空の唇をつつくのが合図、そのまま吸い寄せられるように重なる唇。
歯列をなめるキス、唇をずらすキス、舌を吸うキス、体がじれったくなるようなキスを落とされ、もっととねだるように服の裾をつかんだ。


「クロムがもうすぐ帰る」

なだめる様に私の頭を撫で距離をとる千空に少なからず腹をたてる。いつまでたってもキスから前進しない私たちに不安になるんだよ、千空が忙しいのは十分承知の上での我が儘だ。一向に進まない関係に焦燥感が募る、だって千空が私の知らないうちにバツイチになってたんだもん。最近石化復活した私にとって、コハクちゃんにメスゴリラと軽口を叩く姿や、ルリちゃんと一時的に夫婦になったと聞いたとき、たまらなく嫉妬心苦しんだこと知らないでしょう?重い、と表現される感情に蓋をし自分統計で一番綺麗で可愛い笑みを浮かべる。


「じゃあ、また明日」

そう私が告げると、千空はほっとしたようなため息をこぼした。もうどうしようもないね。
逃げるようにラボから飛び出した私を千空が追ってくることはなかった。





「それジーマーで!?」
「ゲン!ちょっと声のトーン下げてよ!」

ごめんごめんと悪びれなく謝罪するゲンの脇腹に軽く一発拳を入れる。うっと演技くさい呻き声を上げたゲンは新しい玩具を見つけたようにニンマリ笑っていた。
顔色が悪いよと声をかけられ、さすがメンタリスト様は聞き上手でそのままあれよあれよと千空とのことを喋ってしまった。滑るようにこぼれてしまった鬱憤は、言わなきゃよかった半分とスッキリ半分。ゲンならこの止まってしまった関係を打破してくれるかもしれない、そんな期待があった。


「まあ俺からしたら千空ちゃんがキスまでいってるのに驚いたよ」

意外と奥手だと思ってたからねぇ、と続けるゲンの言葉にガツンと衝撃を受けた。ああ確かに、千空の気持ち知らないや。いつもキスがしたいとちょっかい出すのは私から、物欲しそうな目で見ていたのかもしれない。ぼっと顔に火が吹きそうだ。はしたない女だと心の中で思っていたのかな。昨日のほっとした顔をした千空を思い出すと無性に悲しくなった。


「えっ、どうしたの!?」

わたわたと慌てるゲンには申し訳ないが、ぼろぼろと溢れる涙を止めるすべは私にはなかった。嗚咽交じりにごめんと言えば、察したゲンが優しく背中をさすり私が落ち着くまで待っていてくれる。
泣きながら思い出すのは千空の顔で、どうしようもなく好きだと実感した。




「名前」

名前を呼ばれぐいっと顔を持ち上げられると千空が眉を吊り上げ不機嫌な顔で立っていた。ゲンはいつの間にか消えていて一気に心細くなる。止まらない涙を千空が親指ですくった、少し硬くなった指先は愛おしむように優しく触れる、私は我が儘だからそういう風に触れられるとその先が欲しくなるんだよ。




「千空、わたしは、キスより先のことがしたい」

炎を閉じ込めたような千空の瞳がどろりと濃くなる。頬を撫でていた指先が唇に触れる、柔らかな唇の感触を楽しむようなキスの合図。近づいてくる千空の顔にそっと目を瞑る。


「あっ」

唇にキスされると思っていたが千空は私の耳たぶをしゃぶった。ダイレクトに聞こえる水音と経験したことのない感覚に体が震えた。千空の手は私の腰に回る、千空の手の熱を感じるたびに体に甘い電流が走る。


「俺が我慢してねえと思ってたのか」

ぐりっと太ももに押し付けられたものが何なのか分からないほど子供じゃない。千空が興奮している、言葉にするとカッと体が熱くなる。
キスというより食べられた、の表現がぴったりだ。ねぶるようにじっくり千空の舌が唇をなぞり、こじ開けられた口の中にぬるりと侵入してくる。だらしなく開いた口の端から唾液が落ちる、じゅっと吸われる舌はどうしようもなく熱い。絡み合う唾液の音で頭がおかしくなりそうだ。


「今晩名前、テメーを抱く」

耳元で囁かれた言葉に応えるように、私は千空の背中に腕をまわした。


夜の帳に隠れて


20200828
title by 溺れる覚悟


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