名前ちゃんは、花が咲いたように笑う子で私はその笑顔が大好きだ。柔らかくさがった目尻は彼女の人となりを、形のいい口元からこぼれる白い歯は清純さをあらわした。彼女の優しくて居心地の良い雰囲気が笑顔を伝染する。名前セラピーと呼ばれるようになったのはいつからだろうか。どれだけむくれている子でも彼女と一言二言交わすだけでたちまち笑顔になる。新聞部がその調査で名前ちゃんに秘訣を聞いていたが名前ちゃんは困ったように笑うだけだった。
そんな彼女を射止めたのはなんとあの千空くんだ。彼女が千空くんと付き合ったのはずいぶん前だがあのときは阿鼻叫喚だった、あの様子を思い出して苦笑がもれる。来るもの拒まず去るもの追わず精神の千空くんからよく名前ちゃんの名前があがっていて、もしやと思っていたときの交際宣言だった。…大樹くんはすんごい驚いて吹っ飛んでたっけ。
ちくちくと手元の布にロケットを刺繍している名前ちゃんを見る。私の視線に気づかないほど集中している彼女に思わず手芸部にスカウトしたくなるがぐっと堪えた。
放課後にわざわざ別のクラスから来てくれた名前ちゃんが「昔実験でよく怪我してたって聞いて…千空にお守り作ってあげたくて。」そう恥ずかしそうに微笑む彼女があまりにも可愛らしくて二つ返事で了承した。そういえば千空くんと大樹くんの髪の毛が爆発してたことあったっけなあ、最近では見なくなった姿を思い出す。
「わたしも幼馴染になりたいなって思ってた。…大樹くんと杠ちゃんは特別!って感じがして、むかしの千空を知っていて、羨ましかったの。」
名前ちゃんはほぼ完成したロケットの刺繍を撫でながらこぼしたのは彼女の本音だろう。思いがけない言葉に上手く返事ができなかった。はじめて名前ちゃんの深いところをみた気がする。困らせてごめんと勢いよく謝る彼女の手を力強く握った。
「名前ちゃんは十分千空くんの特別だよ。」
そう言い切ると、大好きな名前ちゃんの笑顔で返してくれた。
私は知っている。千空くんにとって名前ちゃんがずっとずっと特別で、唯一ということを。千空くんは気づいてないだろうけど、ふとしたとき視線はいつも名前ちゃんを追っていて優しく目を細める。愛おしいとあふれる千空くんの表情は、名前ちゃんにしかつくれないことなんだよ。必死になって伝える私に名前ちゃんは照れていて、それいでいておかしそうに笑った。
「また明日、続きつくろうね。」
最終下校をしらせるチャイムを合図に私たちは裁縫道具を片付け始めた。名前ちゃんの顔が教室に差し込んだ夕日で赤く染まる。それがまるで絵画のように見えて美しく、背筋をぴんと伸びた姿は綺麗だった。
イン・ザ・ナラタージュ
「杠、――――名前をたのむ。」
振り絞った声で告げた千空くんは俯いていた。司くんが壊した石像を引っ付ける極秘ミッションの他に、千空くんに頼まれたのは名前ちゃんの石像の保管だった。
千空くんと別れ、後日指定された洞窟に行き私は改めてことの重大さに気づいた。名前ちゃんの石像は頭と胴体が真っ二つに、分かれていた。千空くんがこまめに訪れていたことが分かるほど名前ちゃんは苔のない綺麗な姿で、風化した切断面の異様さが目立つ。あどけない表情のままの名前ちゃんが今にも笑いかけてくれそうで、涙があふれた。大丈夫、大丈夫だよ。千空くんがきっと名前ちゃんを復活させてくれる。自己暗示に似た大丈夫を言い聞かせた。
「 名前ちゃんが起きたら、お守りの続きつくろうね。」
あの日と同じように夕日が名前ちゃんを赤く染める。
私の声だけが無情にも洞窟に響いていた。
20200823
title by 溺れる覚悟