「ごめん、ごめんね ごめん、ね」
わたしが泣いている理由が見当もつかない一也は首をかしげていた。一也の日に焼けて赤くなった頬にわたしの涙が落ちた。ぽろり。まるで一也が泣いたみたい。綺麗な一也を汚したみたいでまた涙が溢れた。わたしは何度も一也を汚す。多分これからも、ずっと。
一也のやわらかい赤ん坊のような唇に吸いつきながら、わたしはそう思った。
わたしの恋愛対象が中学生以下だと知ったのはいつだっただろうか。気づけばわたしの隣には一回り、二回りも小さいカレシがいたのだ。彼等がわたしの隣から離れる日がくるまでこの関係は続く。最近出来たカレシの名は御幸一也くん、小学六年生。ランドセルにリコーダーをさしていつもわたしの傍を駆け回る。小さいくせに態度は大人より偉そうで、でも不意にみせる色っぽい顔がわたしの心を離さない。すき。だいすき。こんなにも好きなのに幸せなのに、一也が眩しすぎて死にたくなってしまう。野球の練習に行ってしまった一也の背中は大きくて、もうわたしの所になんて戻ってはきてくれないんじゃないかと思う。
六年生なんて多感な時期だ。クラスの女の子に可愛い子がいるんじゃないかな。恰好いい一也だ、いっぱい告白されてるんじゃないかな。野球に一也をとられちゃうんじゃないかな。オバサンのわたしと、未来に光り溢れる一也とじゃ世界が違い過ぎる。自己嫌悪で吐きそうだ。
「おれは名前が一番すきだよ。」
にかっと歯を見せて笑う一也にわたしはまたどん底に落とされた気分になった。こうやってわたしは一也に侵食されていく。じりじりじり、例えるならアブラゼミの鳴き声のよう。けたたましくわたしの心臓は一也のものになっていく。
柔らかい一也の唇がすき。駄菓子を食べたあとのべたべたした唇もすき。冬の乾燥して皮がめくれた唇もすき。一つになることが許されるキスが、すき。わたしと一也を繋ぐ大切な行為。深い沼の様なわたしの感情も一也と唇を重ねているときは無くなっていた。わたしは一也に相当依存しているようだ。愛くるしい一也の瞳は未だに無垢で、わたしによってこの瞳が汚れていくのだと思うとまた涙があふれた。
「ごめんね一也。わたしのこと、棄てないでね。」
20140617