「俺の唇の中に虫がいるんだ」


ぼろぼろと涙を流しながら新開ははっきりとそう言った。彼の唇は血でべたべたになっている。いたそう。それでも彼は唇を剥いていて、ぷつりと新しい血の筋が出来た。わたしは新開隼人という人物を美化しすぎていたのかもしれない。成績優秀で運動も出来る、たれ目がちの整った顔で何より人当たりの良い、わたしが嫌いな“完璧”な人間であった。でも今目の前にいるのは赤ちゃんのようにしゃくりをあげて泣く新開隼人である。わたしより随分大きい彼も今はわたしより一回り小さい幼児に見える。どうやって泣きやませるか、どうやって唇をむしることをやめさせるか。しわが少ないであろうわたしの脳みそは彼のせいでぐちゃぐちゃにされていた。



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わたしは老若男女問わず綺麗な人が嫌いだった、大嫌いだった。きらきら輝いてて眩しくて視界に入れるだけでわたしは惨めになって死にたくなる。どれだけ勉強しても成績は上がらない馬鹿、運動神経はゼロに近く、顔は魚のように薄くて気味が悪い。彼等から見たわたしはきっとゴミクズで邪魔な存在。そして引き立て役に最適な汚物なのだ。そんなわたしは引き立て役を徹底して生きてきた。このどす黒い腹の内がばれないよう必死に顔をつくり空気を乱さない様気を張る。そういう風に生きていったおかげで息を吐くことより容易いものになっていた。
よってわたしは新開隼人が嫌いだった。同じクラスになったときは心底落ち込んだ。派手すぎる髪色はいやでも目をひき、彼の席には休憩時間の度に群がる人。キーキーキャーキャー鬱陶しい。それでもわたしは空気をよんで群がる女と同じことを言うのだ、「新開くん恰好いいね!」反吐がでる。



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最悪だ。新開と二人きりになった教室の空間に胃が締めあげられた。自宅学習が苦手なわたしは放課後一人になった教室で勉強するのが唯一学校で落ち着ける時間だった。その時間をいきなりやってきた新開に壊され腹をたてる。額には汗がにじんでいる、きっと部活後。なんで教室に戻ってくるんだ、部活が終わったならさっさと帰れ。吐き捨てたい言葉をぐっと押しこんでいつもの笑顔を浮かべる。


「新開くんどうしたの?忘れ物?」
「おう、ロッカーの鍵机の中に忘れてな。おめさんは勉強か、すごいな」


お目当ての物を握りしめながら新開はあの笑顔をこぼす。ここにクラスメートがいれば歓声が湧きあがるのだろう。でもやっぱりわたしは彼の笑顔を見ても何も感じなかった。ああすごいね。眩しい。妬ましいや。



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「俺の唇の中に虫がいるんだ」


一言二言、ほんの世間話をしていただけだったはず。わたしが「新開くんの唇ってほんとに羨ましい」と言った途端、決壊したダムのように泣いて勢いよく唇をむしり始めた。適当に褒めとけば大概の人間は気を良くするのを知っていたわたしは挨拶程度に軽く褒めたつもりだったのに新開の地雷を踏んでしまった。まさかコンプレックスが唇なんて。切りそろえられた爪のなかには唇の皮が入り込み血だらけだ。新開のコンプレックスの闇は深いらしい。一心不乱にかきむしり続ける姿に背筋がぶるりと震えた。唇には虫なんてなく溢れる出るのは赤黒い血で、唇の中の虫は幻想だと何度言っても新開は首を横に振るだけだった。


「しにたい」


彼の低い声がわたしの全身を勢いよく駆け巡る。今の新開隼人は、好きだ。



20140205
おわりの呪文はきちんと唱えて出てってね


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