謙也から大きな茶色のクマのぬいぐるみを貰った。首には赤いレースのひもでちょうちょ結びが施されていた。まんまるおめめに吸い込まれそう。名前をケンヤとつけた。謙也に貰ったからケンヤ。イントネーションだけ変えた同名のぬいぐるみ。ふわふわのケンヤを抱きしめると、謙也に抱きしめられてる感じがして嬉しかった。




「なあ、俺さっきちゃんとおもろい返事できてた?無愛想ちゃうかったよな?さっき井上が俺のこと無視しよってん。絶対さっきの俺の返事に気悪なったんや。どうしよう。なあ、どうしたらええん?もう無理や。死にたい。」
「謙也、謙也。一回落ち着き。さっきの返しはおもろかったで。みーんな笑ってた。謙也もニッコニコで恰好よかったで。井上くんは多分謙也の声聞こえへんかってん。ほらあっこ見てみい、イヤホンで音楽聞いとる。そんなん気にすることないで。」

そう言ってわたしより大分背丈が大きい謙也の頭を撫でる。そうしたら謙也はぽろぽろと涙を流して、わたしに謝るのだ。図体だけ大きいのに性格はこんな小さいなんて困ったものだ。謙也がこうなったのはいつからだっけ。記憶の奥底に眠ってるはずのその理由をわたしは思い出すことが出来なかった。






「お前って悩みなさそうやなあ。」

無神経なクラスメートの言葉にぐさり。よく言われるわあ、と当たり障りない言葉を返す。わたしがそういうイメージを持たれるのは何故だろう、ずっとヘラヘラ笑ってるのが大きな要因だろうか。悩みがなさそう、と何度言われてもわたしの心はこの痛みに慣れることはない。わたしだって一つや二つ悩みぐらいある。最近はダイエットがなかなか上手くいかないのが悩みだし、謙也のことだって一日中気がかりだ。わたしが声を荒げて否定すればこのループから逃れることが出来るのだろうけど、それをしないわたしはやはり弱い人間なのだ。

「誰だって悩みぐらいあるやろ。」

突然の言葉にびくりと肩が揺れた。ごめん驚かせたな、と柔らかく笑ったのは白石くんだった。さっきまで違うグループと談笑してたのにどうしてだろう。すとんと白石くんの手元に目をやると数冊のノート。ああそうか数学のノートを集めてるんだ、そういえば宿題があったっけ。各々がノートをとりに行く。わたしは自分の机から近かったためすぐに白石くんに手渡せた。

「おおきに白石くん。ノートも、今さっきも。」

ええよ、と笑う白石くん。こうやって優しいところもみんなが好きになるんやろなあ。ミキちゃんがこの前白石くんのこと好きになったって報告してくれたことを思い出した。






「お前も白石のほうが良いんか。」
「そんなん言うてへんやん。」
「今日絶対比べたやろ。何でもできて優しい白石と、こんなめんどくさい俺と!」

ばちん、と頬に衝撃。じわじわやってくる痛みで、ああ思い出した。謙也がこうなった理由が。謙也が白石くんと仲良くなり始めたころ、周りからの比較で心が病んでしまったんだっけ。いつも周りの目を気にして、みんなから認められる忍足謙也を演じ続けたせいでこうなったんだ。生理的にあふれる涙。わたしが泣いたら謙也は困ってしまうのに。ごめん、ごめん、ごめんなさい。わたしが謙也を支えなきゃいけないのに。

「謙也は謙也やで。わたしは何も比べへん、比べられへん。謙也が一番やもん。」

じっと目を合わせてそう言い切ると謙也は声を押し殺して泣き始めた。そんな謙也を抱きしめてみると、いつの日かもらったクマのぬいぐるみを思い出した。謙也に貰ったからケンヤって名付けたんだっけ。今思うと安直すぎる。
もうぬいぐるみをプレゼントしてくれたあの頃の謙也には戻らないんだろうなあと実感。底抜けに明るかった謙也を思い出すとわたしはまた涙が溢れた。


20160507


「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -