「名前ちゃんの髪は綺麗だねぇー。」


さらりとわたしの髪に指を通しながら間伸びた声で言うタカ丸くんの言葉にわたしはどうしようもなく幸せになれた。タカ丸くんにそう言ってもらうために毎日髪の手入れに気合いを入れるのだ。一度タカ丸くんが竹谷くんの髪のことを良いように言っていなかったことを覚えている。わたしはこの髪をずっと、保ち続けなければならない。タカ丸くんに結ってもらえなくなってしまう。愛想を尽かされてしまう。だからわたしは今夜も抜かりなく髪の手入れに時間をかけるのだ。







赤赤血の赤、黒黒夜の黒。飛び散るのは血、びちゃりとかかる返り血。じわじわとしみ込むのは、血。わたしの髪の毛にしみこむ、誰のものか分からない血。いつの間にかわたしの髪の毛には成分の良いトリートメントではなく、血や土、泥がわたしの髪の毛にコーティングされるようになった。

学園に戻ると皆寝静まったのかシンとしていて、虫の鳴き声しか聞こえなかった。ぎとぎとになった体をどうにかしたい、頭巾をとるとだらりと髪の毛が垂れた。何気なしに手櫛で整えようとすると、思うように指が通らない。髪の毛が固く絡まっている。この前までは自分でも自信があった髪の毛が、今ではそのすがたはあとかたもない。じわりと視界が歪むのは、たぶんわたしが弱いから。


「…名前ちゃん?」
「た、タカ丸くん…、」


驚いた。タカ丸くんがこんな時間まで起きていたことと、いつになく真剣な目をしていたから。ああ恥ずかしい。こんな風になってしまった髪をタカ丸くんはどう思ってるんだろう。タカ丸くんに髪の事を知られない様ずっと避けていたのに。もう一度タカ丸くんの目を見ることは出来なかった。


「さっわらない、っで!」


ずかずかとタカ丸くんが傍にやってきたと思えばわたしの髪に触りだした。わたしがいくら制止しても撫でるその手はやめない。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。どうしようもなくなってわたしは俯く。我慢できなくなってぽとりと地面をぬらす。やめてさわらないで。


「綺麗だね。」
「うそつかないで!」
「嘘なんてつかないよ。名前ちゃんの髪はいっつも綺麗。」


ふにゃふにゃといつも通り笑うタカ丸くんに目眩がした。わたしのどこが、綺麗なのよ。いっぱいいっぱい言いたいことがあるのにわたしの口から出るのは嗚咽。タカ丸くんの撫で方が優しいから余計に涙が出る。タカ丸くん、わたしはね、−−−



20130312
プラスチック生命体

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