わたしは小さい頃からずっと体育の先生になりたかった。元からスポーツは大好きだし、人に物を教えるのも得意だった。わたしのその夢を、家族も友達も学校の先生も応援してくれた。だからわたしは一生懸命勉強したし、応援してくれている人達の為にも夢を諦めず頑張り続けた。それなのに。
不運な事故。飲酒運転で暴走した車に跳ね飛ばされ、わたしは脊髄を損傷し下半身が動かなくなった。車いす生活を余儀なくされた。わたしの夢は、夢のままで終わったのだ。いっそのことあの事故で死んでしまっていれば良かったのかもしれない。目の前でぼろぼろと泣きながら、生きてくれてありがとうと言う家族や友達を見ながらわたしは思った。今までのわたしの頑張りはどうなったんだろう。なくなってしまった。どうやったってわたしの腰から下は動かないのだ。ぼろり。とめどなく溢れる涙は生理的なものに近かった。さようなら、今までのわたし。
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たくさんの目がわたしを見る。どうでもいいような目、好奇に満ち溢れてる目、同情の目。だから嫌なんだ。わたしの話をしっかり聞いていたのはごく一部、いやゼロなのかもしれない。わたしが話している時でさえガヤガヤペチャぺチャと騒がしい声が途切れることがなかった。他の先生が怒ったって意味はない。すぐまた生徒達が騒ぎだすのだから。だから嫌なんだ。生徒達の前でわたしの話をするのは。
わたしはやはり体育の先生になることはなかったが、パソコンを教える情報の先生として教員になった。結局わたしは、先生になるという執念に負けてしまったのだ。
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パソコン室から、グラウンドがよく見える。放課後は授業の用意にパソコン室に来るとグラウンドから部活動に励む生徒達の声がよく聞こえた。今はサッカー部の熱気がすごい、らしい。わたしは極力グラウンドを見ないようにしていた。自分が自分で無くなってしまう気分になるのだ。生徒に、嫉妬してしまう。わたしだってグラウンドを駆け回りたい。わたしだって、
「 先生。」
「え、あ。風丸、か。」
ぽんと肩を叩かれ初めてパソコン室にわたし以外の誰かがいたことに気がついた。肩を叩いたのは二年生の風丸一郎太だった。二年生を受け持っていないけど、陸上部でよく受賞されていたのを何度も見て覚えていた。ああ確か陸上部からサッカー部に変わったんだっけ。ユニフォーム姿で、右手には真新しいスパイクが光っていた。風丸は、わたしにないものを持っている。駄目だ、風丸のことを嫌いになってしまいそう。自分の都合で嫌いになるなんて何て最低な教師なんだろう。
「パソコン室に何か用があるのか?」
「…先生に。」
「わたし?」
「先生は、七夕の短冊書きました?」
「…いや、まだ書いてないかな。」
そう言えば雷門は毎年生徒教師関係なく短冊を書いて笹に吊るす習慣があった。去年の笹には恋愛系やお金持ち系が多く吊るされていたっけ。わたしは去年の短冊に何を書いたか忘れてしまった。わたしは胸ポケットに小さく折りたたんだ短冊を取り出した。薄いピンク色の折り紙で作られた短冊は、折りたたんだせいで折り目がたくさんついていた。
「 なに、これ。」
「先生は偽善だって思うかもしれない。でも俺は、」
風丸がわたしに見せたのは風丸が書いたであろう短冊。オレンジ色の短冊。握りしめていたのか少しクシャクシャになっている。“先生が体育の先生になれますように”わたし、風丸が大嫌いになったよ。
20120707
消えるように眠りたい