UNLUCKY MY BOY

杵←蜻 : update - 2017.12.12


※現パロ
※ノンケ杵←蜻



アルコールの臭気、じゅうじゅうと焼き鳥が焦げる音、どっと沸く笑声、その全てが拍手喝采のようだった。隣でうなだれる男のつむじを、ぼんやりと見下ろしている。空気をたくさん含んでふんわりと柔らかそうだ。手を伸ばそうとして、突然その頭が持ち上がる。その男はべそをかくような情けない顔をのぞかせた。宙をさまよう手は自然な流れでビール瓶を掴む。まだ冷たいそれに、余分な熱が吸い取られていくようだった。

「だって誰が予想できたんだよお、あいつ俺のことカワイイカワイイって言ってたんだぜ」

はああ、という吐息と一緒にあふれんばかりに口から出てくる愚痴の数々に、適当な相づちを打ってはすぐさま空になる男のジョッキにビールを注いでいた。そばを通りかかる店員に片手をあげる。

「すみません、焼き鳥二皿追加で」
「いやさあ、本音を言えばだ、恰好いいって言われたかったのはあるけどさあ、でもそれはおいおい言わせてえなあくらいに思ってたんだよ、だって俺たち仲良かったんだぜ」

テーブルに置いた肘で頬づえをつき、すでに注文した品の全部をたいらげてしまった空虚な手が、焼き鳥の串をつまみあげてくるくるともてあそんでいる。なあ! とほのかに赤い顔を向けられれば、そうだったな、と穏やかに笑ってみせる。

「高級な酒もブランドのバッグもプレゼントしてやったのにさー……たった一週間だぜ、音信不通にしたら着信拒否! すぐに会いに行ったんだよ、でもあいつの家行ったらいねえから最寄駅で探し回って……そうしたらいたんだよ、俺すごいよなあ。隣に知らない奴がいて、いかにも恋人みたいに腕絡ませてさあ」

こう、こんな感じ! とくたくたになった男は俺の左腕にぎゅっとしがみついた。俺はそのコアラのような抱擁を受けて、片手で肩を叩きながらすぐに腕を引き抜いた。支えを失った男の腕はそのままテーブルの上に折り畳まれ、それを枕にして突っ伏したかと思うと、顔だけを俺のほうに向けた。ほんのり涙目のきらきらとした目が可愛らしく、柔らかな茶色の頭をぽんぽん、と二回撫でて自分のジョッキを手に取った。半分ほど残っていたビールを飲み干す間、酒に赤らむ男の口からこぼれた言葉。この男が未熟の恋を手放すたびに何度も聞かされたその言葉は、いつも、俺をアルコールに溺れさせてはくれないのだ。

あーあ、俺が女だったらお前と付き合いてえなあ。

店員が皿を持ってやってくる。軽く会釈をしてそれを受け取り、顔の前にずい、と差し出す。

「叶わんことを言うな。ほら、今はたくさん食べて飲め。お前の気が済むのなら、惚気でも愚痴でも聞いてやろう」

とろんとした男の目が俺を見つめている。(ああ、熟れる、熟れてしまう、)大きくもしなやかさのある背中をばしん! と叩き、俺は目を細めた。「ちくしょう……」と悪態をつき、男は体を起こして焼き鳥を二本同時に口に含んではもごもごと小言を漏らしている。口角を上げたまま、気づかれないように目を伏せた。気心が知れる友人の笑顔ができているだろうか、俺は、今。
俺がもし女ならば、と。考えたところで意味のないことだというのは、とうの昔に知っている。(性別ではないのだ、見た目や雰囲気の華やかさ、手触りの柔らかさ、己より小柄で細く、何より隣に立ったとき、あやつの美しさに遜色のないものなど、俺にはなに一つ、)

「聞いてるかあ?」

ふ、と息をつく。「ちゃんと聞いているぞ」
それでもいいだろう、それ以上を望むのは強欲というものだろう、聞いているのか、俺。

「お待たせしました、トマトです」

「あれ? 頼んでないぞお」御手杵が言う。俺は穏やかに笑って「折角だから良いだろう、いただきます」と店員に告げた。
俺たちの間に真っ赤なトマトが置かれる。それはひどく赤く熟れて、表面にちぢれた筋が走り、今にも破れてしまいそうだった。


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