ふわりと香る
グレン×ジャック
「やあ、グレン」
いつものようにやって来たジャックからは何か香ばしい匂いが漂ってきてグレンはすんと軽くその匂いを嗅ぐ。匂いの正体がジャックが手に抱えた紙袋の中身だと気付いたのはすぐのことだった。
グレンがじっとその紙袋を見詰めているとジャックは愉しげに深い笑みを見せてはグレンの周りをひょこひょこうろうろし始める
「いい匂いだろう?」
「…ああ」
「中身気になるだろう?」
「…」
グレンは正直中身が何かはとうに予想がついていた。いや、つかない方が不自然なのだ。だから一瞬馬鹿にされているのだろうか、などとも思ったがジャックは依然としてふわふわ笑いながらこちらを見ている。決して馬鹿にしている様子は窺えない
「…気になる」
そう言うしかなかった。その一言にジャックは嬉しそうにしながら三回ほど折られた紙袋の口をゆっくり開けていった。それからやはりゆっくりと紙袋の中に手を入れ中身を取り出した
紙袋から顔を出したそれはやはりグレンの予想通りの物だったが、厳密に言えば少しだけ違っていた。
「…食パンか?」
疑問符がついたのは仕方がない、グレンはスライスされたそれしか知らないのだから。そこそこの大きさの茶色く四角い塊、他の貴族なら首を傾げるばかりだったかも知れない。
ジャックは相も変わらず笑みを絶やさずこくりと頷いた。それからもふっと片手でパンを掴み豪快に千切るとグレンに差し出した
「私が食べた中でもダントツの味だよ」
グレンはそう言うジャックの手からパンを受け取り千切って口に放り込む。まだ香ばしい耳部分とふんわりとした中身、確かにとても美味しいと思ったが普段食べない味だとも思った。グレンはもくもくとパンを食べているジャックに少し訊ねるようなニュアンスも含めて言った
「庶民の味と言った感じだな」
「ああ、街の外れのパン屋で買ってきたんだ」
「お前らしい」
ふっと軽く笑って、グレンはジャックの口許についたパンのかすを取って食べた。口と心に広がる甘さは焼きたてのパンのものだったのかジャックのものだったのかは定かではない
ただ二人は笑い合っていた、幸せそうに。