別冊ネタ帳。

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左近のバイト先のスタバに通ってるOLの話


毎週水曜日午後1時。
それは、私にとっての癒しの時間だ。
毎週決まった曜日、決まった時間に、行きつけの喫茶店へと赴くのが習慣であり、仕事の昼休憩中に行う気分転換になっているのだ。
いつものお気に入りの窓際の席で、お決まりのコーヒーを一杯。
週の真ん中のちょっとした贅沢が、この後の仕事も頑張ろうという気にさせてくれる。
……しかし、そんな変わらぬひと時の中で、一つ変わったことが起きた。


それはつい先週の出来事だ。
こちらが注文をする前に、とある店員にメニューを言い当てられてしまったのである。
その時は驚いて何も言えなかったが、よくよく考えるまでもなく、毎度同じ時間に来て同じものを頼んでいては、覚えられてしまうこともあるのだろう。
兎に角、いつもの昼休憩と違った時間を過ごしたその日の私は、なんとなく落ち着かないまま午後の仕事に戻ったのであった。


そんなこんなで今週も水曜の午後1時がやってきた。
最初はどこか気恥ずかしく、別の喫茶店にでも入ろうかと考えたが、いつもの習慣を崩してなれない場所に赴く方が居心地が悪い気がして、結局いつもの店へと足を運んでしまった。
ドアを開けて数歩進んだ頃に、元気のよい挨拶が聞こえてくる。


「こんにちは!」

「…こんにちは」


先週メニューを当ててきた件の店員だった。
彼は大概この時間に勤務しているらしく、今までにも何度か対応してもらったことがある。
とても愛想がよく社交的な彼は、その風貌からして大学生バイトと言ったところだろう。
こんな時間帯にここにいるということは、水曜の昼は休講……もとい全休なのかもしれない。
まさにキャンパスライフを満喫している真っ最中らしい。


「オネーサン、また来てくれたんすね!嬉しいッス!」


今日もにこにこと愛想よく接客してくれる。
単なる営業であると理解していても、そのキラキラとした笑顔が眩しくて思わず目をそらしてしまった。
成程、こういう明るいタイプが世間ではモテるのだろう。
特に目立つタイプではない、というより、目立つことを嫌ってきた自分とは違う世界の住人だと感じられた。
しかし、流石に話しかけられたのに目線を合わせぬまま無視してしまうのも失礼だろうと思い、何とか返答を絞り出す。


「……お兄さんこそ、いつもこの時間にいらっしゃいますよね」

「……え、」


途端、お兄さんの動作が止まる。
それどころか見る見るうちに表情がかわり、赤くなったり青くなったりし始めた。
もしや、何か地雷を踏んでしまったのだろうか。
毎週通っている喫茶店の店員とこんなことで気まずくなってしまったら、来週からはここにきづらくなる。
週にたった一度の癒しの時間を壊して堪るか。
そう思った瞬間に脳が無駄にフル回転を始め、背には冷汗が流れる。
きっと私も今の彼と同じく青い顔をしているだろう。
そうだ、何か話題を変えよう。
そう考えはしたものの、社交性の欠片もない自分にはこの状況を打破する武器などあるはずもなく、何の音も発さない口がただただ渇いていくのを感じているだけだった。


「あ、あの!」


ぐるぐると堂々巡りの思考の海に沈んでいた私を引き上げたのは、目の前のお兄さんの少々裏返った声だった。
何を言われるのだろうか、バクバクと音を立てる心臓を必死に鎮めようと素数を数えつつ、生返事で、はい、とだけ返す。
意を決したように私を見据える彼の口から発された言葉は……


「オネーサンも、俺のこと、覚えててくれたんスか……?」


拍子抜けしてしまうほどごくごくありきたりな問いかけだった。
むしろ、声を上ずらせたまま、少し緊張した様子で尋ねてくる彼に、胸の内がギュっと締め付けられるような感覚に襲われた。
誰とでも仲良く出来そうな、それこそ緊張など知らなそうな彼も、このような顔をするのか。
完全に自分の想像の話であるが、こんなことは彼にとって日常茶飯事であり、私などに覚えられていたところで何も思うまいと、すぐに緊張してしまう自分とは真逆のタイプの人間だと、そう思っていたのに。
あまりに可愛らしいその反応に、どうやらまずいことを言ってしまったわけではなさそうだと安堵したためか、さっきまで動かなかった口が、自然と言葉を吐き出した。


「ええ。以前も何度か対応していただきましたよね。……学生さんですか?」

「は、ハイ!だ、大学2年ッス!!」

「それじゃあきっと今が楽しい時期ですね。バイトも勉強も、頑張ってくださいね」

「ハイ!!オネーサンもお仕事頑張ってください!!」


そう言っていつも以上にニッコリと笑って見せる彼は、やはり私には眩しく思えた。
とは言え、柄にもなく自分から質問なんて投げかけてしまうとは、今日の私は彼の眩しさに当てられてしまったのかもしれない。
しかし、慣れないことをした割に不思議と嫌な気はしなかった。
今日もいつものですか?と問いかける彼の声に、はい、とだけ返事をして代金を支払い、受け取ったカップを片手に窓際へと向かう。
どことなくいつもよりぽかぽかした気分なのは、淹れたてのホットラテの所為にしておこう。


それでも今週もまた、暫くは落ち着かないかもしれない。

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