別冊ネタ帳。

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彼にとってのその味は(三成)


※リーマン三成×幼女夢主……が13年越しに結婚した話
※ねねさんは生きてるし秀吉とそれなりによろしくやってる



「三成君、おはよう」

今日も私の朝はその一言で始まる。
13年前からずっと変わらない、決まった習慣だ。
声の主に一礼して挨拶を返すと、いつも大げさなんだから、と笑う声が聞こえた。
この笑い声を聞くのも昔から変わらない。
しかし、つい三ヶ月前から、変わったことが一つある。
私と彼女――すっかり大人になった幼き姫様とは、今では夫婦の関係にある、ということだ。
姫様が仰った「名無子が大きくなったら、みつなりくんのおよめさんにしてね」という言葉を、13年越しに実現したのである。
世間では「他愛もない」と評される、所謂「指切による口約束」であったが、私たち二人にとっては果たすべき誓いであったのだ。
そういうわけで、姫様が高校をご卒業なされたその日のうちに入籍し、現在は私の社宅で同居している。
すぐにでも姫様がお住まいになるにふさわしい新居を建てようとした私に対し、姫様は共にあれるならば新居など必要ないとご慈悲をくださった。
それは、これから新生活を始めるにあたってかかるであろう資金と、その資金のために身を粉にする覚悟を決めた私を案じてのことだった。
姫様のためであれば飲まず食わず、睡眠もとらず働いても苦など感じるわけがないのだが、そうして働く私の姿を見て姫様の御心が痛むというのであれば話は別だ。
少しずつ貯蓄をし、満足いく新居が建てられるまでは、住み慣れたこの部屋での生活を続けることに決めた。
変わり映えのしなかったこの部屋も、私の帰りを待つ愛しき妻の笑顔が添えられるだけで、生きる糧となるのだから。

そうやって、改めて姫様と共に過ごせる僥倖を噛みしめていると、後ろから声をかけられた。

「朝ご飯、冷めちゃうから早く食べよ?」

私が回想に浸っている間に、すでに食卓の準備が整っていたらしい。
二人用にしては少々小さなちゃぶ台の前に正座した姫様は、手を合わせて私の着座を待っている。
急いで姫様の向かいの定位置に座り、手を合わせた。
それを合図に「いただきます」と二つの声が重なる。
目線を下に移すと、今日の朝食が目に入った。
程よく塩のきいた焼き鮭と、甘い卵焼き、ふっくら炊かれた白飯に、ワカメと豆腐と油揚げの味噌汁。
見た目といい、香りといい、何をとっても食欲がそそられる。
自分一人で住んでいたころは、食事など無駄な物だと思っていた。
時々、無理矢理刑部に手製の握り飯や煮物を口に詰め込まれたり、左近に大衆向けの飲食店へ連れ出されたりしたこともあったが、何故そうまでして私に食事をとらせようとするのか理解できなかった。
そんな状態を見かねた半兵衛様に言われて、私生活を見直し自炊するようになってからも、食事は栄養摂取のために必要な物程度にしか思っていなかった。
あの頃の私は、食べ物を見ても食欲を刺激されることなど、皆無と言っても過言ではなかったのだ。
家康やら長曾我部やらには、きっちりレシピ通りのこんなにうまい飯が作れるのになんで食欲がわかないんだ、というような旨の事を言われたことがあるが、わかないものはわかないのだから仕方ない。
実際、レシピ通りには作れても、私自身がそれを美味いと感じることはなかったのだから、食欲が刺激されるはずがないだろう。

しかし、姫様が私のためにと手ずから料理をしてくださるようになってから、私の食生活は一変した。
姫様の手料理はどれも味わい深く正に絶品で、いくら食べても足りないと感じるほど美味だった。
左近には「贔屓目フィルターかかってるんじゃないすか?」と言われたが、断じてそんなことはない。
純然たる事実として、姫様の料理の才能は確かであり、秀吉様や半兵衛様もお認めになっている。
だが、それと同時に秀吉様はこうも仰っていた。
「確かに名無子の料理は美味いが、我の舌に最も合うのは、我が妻ねねの手料理よ」と。
半兵衛様曰く、人にはそれぞれ舌に合う味というものがあるらしい。
それが、秀吉様にとってはねね様の手料理で、私にとっては姫様のそれだったと、そういうことだそうだ。
男は胃袋で掴め、とどこの誰とも知らぬ輩が、テレビ画面の向こう側で嘯いていたが、あながち間違いではなかったのかもしれない。

姫様が私のためにその料理の腕を振るわれる、ただそれだけでも大変誉れ高いことである上に、その味が私の最も好む味と合致するなど、このような昌運たる巡り合わせがあっていいものだろうか。
胸の内の高ぶりに思いを馳せると、思わず涙が出そうになる。
私の号哭を聞くたびにご心配くださる心優しい姫様の御心を惑わせぬためにも、それを誤魔化すように、味噌汁をすすった。

「おいしい?」

一拍置いて、姫様からの質問が飛んでくる。
まるで、考えていたことを見透かされたようなお言葉だ。
余計に涙が出そうになるが、ぐっと堪えて一旦汁椀を口から離し、姫様の目を見つめて、言う。
答えなど、初めから決まっている。

「ええ、とても」

そう答えた私を見つめ返し、嬉しそうに慈しむように目を細める表情に、思わず釘付けになる。
屈託のない満面の笑みを浮かべる年端も行かぬ幼子であった彼女が、いつの間にこのような表情をなされるようになったのかと、驚きと同時に感慨深いものを感じた。
今も昔も隣に置いていただいている我が身でさえ、まだまだ知らない顔があるようだ。
世話係としては見られなかった表情を、夫としての自分には見せてくださるのだと思うと、何とも言えぬ幸福に胸がじんと熱くなった。

この暖かな朝の時間が終われば、間もなく出勤だ。
その前にもう暫しの間だけ、今この時の幸せを、朝食と共に味わうことにした。

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