毎週水曜日午後1時。
オレはこの時間が何より好きだ。
…何よりっつーのは少し言い過ぎかもしんねーけど、少なくともバイト中に一番テンション上がるのはこの時だ。
毎週決まった曜日、決まった時間に、彼女はオレの前に現れる。
オレの前っつーか、正確にはバイト先に、だけど。
彼女は店の常連で、どうやら隣の会社に勤めてるOLさんらしい。
昼休み中の息抜きにこの店を訪れるのが定番になっているみたいだった。
決まって頼むのは、ホットラテのトールサイズ、ワンショット追加。
以前、何度か女の子に人気の季節限定メニューをオススメしてみたけど、頑なにホットラテを注文する彼女は、どうやら甘いものは得意ではないらしい。
窓際の席で一人、苦味の強いそれを飲みながら物思いに耽る横顔は、とても静かで、それでいて心惹かれる何かがあった。
女の子にモテそうなんていう単純な理由でコーヒーチェーン店でのバイトを決めたしがない大学生のオレとは、全然違う世界を見ているんだろうと思った。
そして、今日はその、待ちに待った水曜日。
現在時刻は、12時58分。
もうすぐ彼女がやってくる時間だ。
はやる気持ちを抑えながら、来店を待つ。
程なくして、カツカツというヒールの音がエントランスから聞こえてきた。
一度深呼吸をしてからとびっきりの笑顔を作り、いつものように挨拶をする。
「こんにちは!」
「…こんにちは」
彼女もいつも通り、軽く会釈をして応えてくれる。
俺もそのまま、いつもと同じようにメニュー表を手渡そうと準備をする。
しかし、ふと、思い至って手が止まる。
このまま注文を取ってしまえば、そこで会話は終わってしまう。
いつもはそれだけで満足なのに、今日はなんだか無性に寂しくて。
オレにとっての彼女はたった一人の気になる人でも、彼女から見たらオレはただの大勢いる店員のうちの一人。
何か、何か一つでも、彼女の印象に残ることがしたい。
例え大勢のうちの一人でも、少しでも彼女の記憶の中に残る存在になりたい。
でも、どうすれば?
「あの、注文いいですか?」
はっと我にかえると、前方少し下から、怪訝そうな目線が向けられていた。
スンマセン、今メニュー表お出しします、と謝罪しながら気づく。
メニュー表を見るまでもなく、決まり切った彼女の注文。
同じ曜日、同じ時間、何度も何度も繰り返してきたその言葉。
聞かなくても分かる、のちに続くであろう彼女の台詞。
行動を起こすのは、今しかない。
好意的に取られるか、はたまた逆か。
でも、ここで賭けなきゃ男じゃねえ!
そう覚悟を決めてしまえば、オレの口から出る言葉はたった一つだった。
「ご注文はホットラテのトール、ワンショット追加っしょ?」
注文の前に発せられた俺の言葉に、彼女は少し驚いたような顔をして、はい、お願いします、と言った。
その表情に、なんだか分からない湧き上がる感情で胸が熱くなる。
なんだ、この人も普通にびっくりしたりするんだなあ。
いっつも静かな顔してたから、初めて見た表情に新鮮な気持ちになる。
案外、遠くの世界の人じゃない、のかも。
そう思ったら無性に嬉しくて、ついつい言葉を続けてしまった。
「オネーサン、いっつもそれ頼んでるから、覚えちゃったんですよ」
「…そう、ですか」
「いつもご来店、ありがとうございます!」
オレの言葉に戸惑いつつ、彼女は軽く会釈をしてコーヒーを受け取り、いつもの窓際の席へと向かう。
彼女の心に残るつもりが、また現れた新しい表情に、オレの心の方が奪われてしまう。
でも、これで少しは印象に残れたかな、これをきっかけに、ちょっとは向こうもオレのこと意識してくれたらいいな、なんて。
甘い考えだとは自覚しつつも、緩む頬を抑えられなかった。
さて、この賭け、どう転ぶかな。
来週の水曜日が待ち遠しい。