「なあ、名無野ちゃん…」
「何ですか、東堂先輩」
「…その服装、もっとどうにかならなかったのか…?」
「…は?」
会って早々、めちゃくちゃ失礼なことを言われた。しかも凄く真剣な顔で。
何だこの人。自分が待ち合わせに遅れてきておいて、第一声がそれか。
自分からデートしたいって言ってきたくせに、寒空の中、彼女を待たせたことに謝罪の一言もないのか。
…それに、これでも一生懸命選んだつもりなんですけど。
ジャージや部屋着を着てきたわけじゃあるまいし…酷すぎやしませんかね。
「悪かったですね、センスなくて」
「い、いや!そういう意味ではないのだよ!」
じゃあどういう意味だよ。
てっきり「美形のオレの隣にこんなダサイ女は置いておけないな!」くらい言うのかと思ったじゃん。
…あ、でも、この人一応フェミニストだし、そんなこと言わないか。
くそ、余計に理由が見つからないぞ。
モヤモヤしてきたので、そっぽを向いて拗ねてみたら、慌てて顔を覗きこんできた。
顔を上げてちょっとだけ目を合わせる。
しかしその瞬間にそらされた。
そのまま先輩の目は宙を泳いで、こちらを見ようとはしない。
うわぁじれったい!
「とても似合っているし、可愛いと思うぞ」
「そりゃどーも」
そうは言いながらも、視線は漂わせたままだ。
まったく、気持ち悪いにも程があるぞ、この人…。
いや、普段から大分気持ち悪いっていうか、ウザいっていうか…そんな感じだけど。
今日の先輩は、いつにもまして挙動不審だ。
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうですか」
いつもは面倒なくらい一人でベラベラしゃべり続けるくせに。
何今更恥ずかしがってんだよ、このデコッパチめ。
胸のうちでこれでもかと悪態をつき続けていたら、突然真剣かつ真っ赤な顔の先輩に肩をつかまれた。
「い、や、その…ショートパンツが、だな…」
「はい」
「短すぎると、思う」
「………え?」
ちょっと、何だそれ。
思考が追い付かなくて言葉に詰まる。
無駄に真面目な顔して、出てきたのがその言葉?
「だ、だから!もう少し丈の長いものもあっただろう!」
「いや、確かに持ってますけど…今時こんなの普通ですよ」
「いいや!年頃の女子がそんなに太股を露出するなんて…っ」
出たー。変なところで純情っていうか堅物だよなぁ、この人。
こっちはむしろ、あなたのために寒い中お洒落してきたんですがね。
まあ悔しいから絶対言ってやらないけど。
「馬鹿ですかアンタ。若いうちに足出さないで年取ってから足出す方がイタいですよ」
「い、いや、だから、その…」
「別にスカートが短いわけじゃないんですから、パンツ見えたりするってこともないですし」
「ぱ、パンツ…!?」
言い切ってやったら、先輩は顔を耳まで真っ赤にして焦る。
…正直、可愛い。
大幅に手をばたつかせてみたり、まわりをキョロキョロ見回してみたり。
わぁー挙動不審に磨きがかかってるぅー。
何だか逆に面白くなってきてしまった。
これはもう、さらに追い討ちをかけるしかないな…!
「っい、いやいや!だからだな、名無野ちゃん」
「何ですか、東堂先輩。もしかして私の太股に欲情したとでも?うわぁ朝っぱらから盛りすぎ、さっすが健全な男子高校生」
「………。」
「…え、ちょ、東堂、先輩…?」
何故そこで黙る。
さっきまでの慌てっぷりはどうした。
…ち、ちょっと、待ってくださいよ、嘘だろ東堂尽八。
そこで黙るなんて、そんな、もしかして…
「や、あの…え…図星…?」
「…………そう、だ」
「…じ…冗談、ですよね…?」
「………いや、本気で、その、うむ」
「………!!!」
や、え、おい、マジかよ。
やめてよ、ちょっとまって、こっちがパニックだよもう。
絶対私今顔真っ赤だよ。
名無野名無子、一生の不覚、東堂尽八相手に墓穴を掘るなんて。
うわー死にたい。穴があったら即行で入りたい。
入った上で墓石乗せたい。あ、穴の中にいるから無理か。
…何言ってんの私。
「だ、だからな、名無野ちゃん…」
「………っ、な、なんですか、へんたいさん」
「ち、ちが…っあのな!」
バッと顔を上げて、真っ赤なままでこちらを見つめてくる先輩。
ちょっとやめてよ、こっち見ないで。
そう、思うのに、根が真面目な彼は、自分の彼女に対する弁解をしようとして、視線を外してはくれない。
「オレだってな、名無野ちゃんの言うとおり、健全な男子高校生なんだ。こういうことを、考えてしまうこともある。…ただ」
「………ただ?」
「それは名無野ちゃんに対してだけだ」
「…は?」
「好きな子以外に、こんなこと思わない。…好きじゃなきゃ、こんな気持ちにならないんだ!」
「………っ!」
何で、こんな恥ずかしいことが素面で言えるの。
意味分かんない、公衆の面前で大声で宣言するなんて、どうかしてるんじゃないの。
「ばっかじゃないの…。そんなことで、騙されると思ってるんですか」
「だ、騙してなんか、」
「でも、」
「……?」
「今回だけは、特別に騙されてあげます」
しかし、そんな先輩の言葉に、ちょっとだけ嬉しいなんて思ってしまった自分がいる。
何だかんだ言って、東堂先輩に絆されてる、私が一番馬鹿なのかもしれない。
―――ショートパンツの受難―――
(さぁて、じゃあ…いきますか)
(あ、名無野ちゃん、その前にちょっと…)
(何ですか?)
(その服、大変魅力的ではあるんだが、やっぱり他の男たちにも見せたくないし、まずは服屋に行かないか…?)
(…………。)
(名無野ちゃん…?)
(…仕方ないですね。先輩の奢りなら着替えてあげなくもないですよ)
(…!!あ、あぁ、勿論だ!)