序章 貴方のために。

「おい龍姫ー」
「んぁ、なんだ」

リビングから聞こえる大きな声に目が覚めた。時計を見ると朝の8時半を指していた。ガチャリと私の部屋のドアが開く

「お前今日から学校、起きろって」
「んーあんがとぉ」

時期はもう夏休み。私は、授業の遅れを取り戻すべく夏期講習の時間が来ていた。
当然、毎回のように寝坊をするものだから授業は出てないものもあるわけで、先生達がそういう子のために夏休みに講習の時間を設けるのだ。一虎はない。やつは頭がいいから。
私はベッドから起き上がり学校へ行く支度をする。ワイシャツの袖に腕を通すと半袖だからか左腕の刺青が目立つ。
 中学に入る少し前だったか、私は一虎の真似をして見えない位置に龍のタトゥーを入れた。それは先生にだってバレていない。流石に遅刻はいいけど、刺青で怒られたくないなぁと思った私はワイシャツではなく、自身の持つTシャツを着て支度をした。
 リビングに出ると2人分の朝食が用意されていた。どうやら時間のあった母が作って置いて行ったそうだ。一虎は私が出てくるのを見るとご飯をよそって箸を準備した。

「ほい、俺優し」
「ありがとう、優しい」
「だろぉ?!俺今日超機嫌いいから」
「あっそ」
「は?!んだよ…」

 上機嫌の一虎には申し訳ないが、少しキモかった。しかも私朝はパン派なのよ。パンしか勝たんのよ…ていうか食べなくても生きていけるのよ私…なんて言えるはずもなく、私達は席についてご飯を食べた。やばい、私多分ご飯派かもしれない。この際なんだっていいや食べれれば。
 朝食をしっかり食べたからか少しぼーっとしていて、ようやく私はリビングにある時計に目をやった。時刻は9時10分を指しており、受講の20分前………2、20分前?!

「や、やばいよ?!一虎?!?!?!」
「んぁ、なんだよ」
「時間!時間やばいッッッッ」
「はぁ?お前が悪ぃだろうがよ」
「どうしよう?!どうしよ?!?!私、内申点1だけは嫌だよ????場地みたいになりたくないよ?!」
「場地は1があんのかよ」
「いや、わかんないけど馬鹿そうじゃん!!!」
「たくなぁ…」

一虎は自室からバイクの鍵を取り、玄関へ向かう

「え?どっか行くの?」
「お前送るんだろうがッッッ」
「がち?!」

持つべきものは兄。一虎の使うバイクには少し乗るのに抵抗があったが、この際なんだっていい。私は一虎の後を追ってバイクに跨った。

「やっぱりこれ、恥ずかしくないの?」
「なんで?」

学校に行く途中、私は後ろから一虎に話しかけていた。正直にいうと、一虎の持っているこのバイクは改造のしすぎでダサいなと思っていた。

「なんかちょっとダサい」
「今ここで下ろしてやろうか」
「いや、でもマイキーの次にダサいから大丈夫!」
「なんの大丈夫だよ。あいつは原チャだかんなぁ」

と喋ってると、一虎がそろそろあいつのバイクも変えようかなって考えててなんて凄く嬉しそうに話すものだから、何かあげるのかと聞くとマイキーの欲しがっていたバイクを見つけたとかなんとかでそれをプレゼントするらしい。

「そっか、誕生日もうすぐだもんね」
「俺と場地ででっけぇの持ってってやって喜んでもらいてぇな」

夏休みの蒸し暑さにバイクでの移動は少し気持ちよく、駄弁りながら走っているといつも歩いてる分すごく早く学校に着いた。一虎にはありがとうと言い、私は校舎に入る。

「あ、そーだ龍姫」
「あー?」
「俺、今日夜いねぇから適当になんか食べろよ」
「あー…うん!おっけーいじゃねん!」
「おーう」

なんとか授業前には教室に入れて、私は授業を受けた。



▽▲▽



 講習も1時間で終わり、私は寄り道をしながら帰っていた。暇だったら迎えに来てほしいなぁとか思ったけど、今日はなんか用事あるみたいだし我慢しよう。…てかさぁ、1時間で終わりなら別に学校になんて行かなくても良くない?宿題出すくらいなら別にいいじゃんか、なんて今日の不満を膨らませパクパクと唐揚げ棒を食べる。美味い、セ◯ンの唐揚げ棒ってすごく美味しい。
 一目も気にせず袋に入っている唐揚げ棒を取っては食べを繰り返し食べ歩きをしていると私は前を通る人に気づかずぶつかってしまった。

「あでッ」
「………あ?」

私の服にべちょっとソフトクリームがつきそのまま目の前で落ちた。ぶつかったのは私より30センチは高いであろう長身の男だった。多分高校生くらいで、以前一虎にボコられてた記憶のある黒龍の弱そうな奴らだった。

「おい、お前どうしてくれんだよ」
「は?……ぁー、ごめんなさい?」
「アイス、お前のせいでなくなったんだけど?」
「私の服も汚れたよ」

じゃ、なんて言ってそのまま通り過ぎようとしたらさっきの男が私の腕を勢いよく掴んだ。謝ったのに掴まれるってなんなのと思いつつ掴まれた方を見た。よく見てなかったが人数が三、四人いたみたいで私を睨んでいた。どうやらそのグループの偉い立場の人に私は喧嘩をふっかけたらしい。被害者じゃね私。

「……よくみたらテメぇこの前のガキじゃねぇか、今日はあのクソガキは一緒じゃねぇんだなぁ?」
「……どうも」

良くも悪くもここは人通りが少ない、目の前にいる男は、一虎がいないことをいいことに私をボコりたいらしい。まぁ、しょうがないとは思う。この間一虎がボコらなきゃいけなくなった原因が私なのだから…

「兄貴やっちゃいましょうよこんなやつ」
「そうだナァ?お前、女だから兄貴がいなきゃなんもできねぇもんな?」

ピクッ私のこめかみが揺れる。多分あいつは地雷を踏んだ。そしてダサい…ひたすらにダサいと感じた。女に手あげる人なんているんだ。しかも多分歳的に向こうのが上だ。どうしてそう群がるんだろう、私には理解出来なかった。

「あ、あのさぁ」
「あ"ん?なんだよ怖気付いたか?」
「いや、そうじゃなくて…」

その一瞬、私が振り上げた拳はそいつの腹目がけて一発入る。それまでに数秒すぐ私の足はやつの頭めがけて蹴りを喰らわせる寸前だった。

「グッガハッ」

地面に這いつくばる男、それを見て驚く後ろにいた金魚の糞のような奴ら。

「馬鹿にしてる?龍姫今怒ってんだけど」

Tシャツを汚された怒りと、兄貴がいないと何もできないという偏見、私の事を女だから弱いという認識をした彼らを私は許さなかった。弱い奴はいつもそうだ、自分より弱そうな奴だと認識すると下に下にと人のことを見るのだ。
前回もそうだった。あいつらが気分よく歩いてた私の気持ちを害したのだ。可愛いから遊びに行こうだの、なんか買ってあげるよだのなんだよ気持ち悪いな。その年で、その顔で、ナンパかよ、発情期ですか。

「申し訳ないんだけどさ」

目の前に跪く男の胸ぐらを掴み私は話す

「にぃにが私を守ってくれてるって勘違いしてるみたいだけど、下手したら私にぃにより強いから」

 昔、多分小学生の頃、一虎がよく私に言っていた。"もう人を殴っちゃいけない"って、以前私をこき使ってきた女、馬鹿にしてきた男連中を気づいたらタコ殴りにしていたらしい、その時の記憶は私にはないけど、父を見ていた私からすると、人は殴っていいものなんだという認識が植え付けられていた。気に食わなかったら殴れば解決する、すぐ謝ってくれる、ずっとそう思ってた。私は一虎より手が出るのが早かったし、女の割に腕力には自信があった。気持ちがいいんだ、人の関節が外れる音と悲鳴が。私は、頭も悪くて要領も良くないできの悪い妹で、逆に一虎は頭も良くてお母さんに必要とされるいいお兄ちゃんだった。周りにも評判の良い一虎は気遣って私とずっと一緒にいてくれたし、喧嘩っ早い性格になってしまったのも私を思ってのことだった。

「ねぇ、もういい?私血まみれだからさ、ほらァ謝ってよねぇ、黒龍がなんなの?なんか偉いの?お兄さんは私より偉いの?」
「もうやめろって、そいつ……意識ない」

そう誰かに腕を掴まれ、私は我に帰った。
わたしの腕を掴むその人は髪の色が明るく眼鏡をかけた青年だった。

「………誰?」
「いいから離せって、お前このままだと捕まんぞ」

そういいわたしを引っ張り別の場所へと移動する。腕を引っ張る彼はどうやらこの辺の人ではなく、たまたま用事ができたから近くを通ったらしい。それ以外にも以前から合わせなきゃいけない人がいると、私を探しにきたとそう言っていた。

「……お、兄ちゃん!」

私達は少し歩いて公園の広場のようなところに来ていた。彼が兄貴と呼ぶ方には綺麗な長い三つ編みをしている人が立っていた。

「……あ、あれ?」

私は少しだけその容姿に見覚えがあった。
数ヶ月前、ぶつかった人……

「兄貴、こいつだろ探してたの…たく、苦労したぜ?さっきあっちで大男相手にしてタコ殴りにしてたんだぜ?こいつ女じゃねぇよ」
「………こんにちは?」
「おー、こんにちは」

金髪眼鏡の隣にスッと立つ彼は、以前三ツ谷と妹の迎えで行った幼稚園付近でぶつかった人だった。後ろ姿だけで美人なんだろうなと思っていたが、本当に美人で、なんて言うかその…

「男………だったんですか」
「お、オイッ」
「ハハッ、俺ら会ったことあったなぁ?」
「え、」
「ダメだろ、知らない人についてっちゃァ」
「いや、呼んだの兄貴な」

私は歳の離れた2人の男に何故か呼ばれ、少し話し相手になって欲しいと頼まれた。私自身あの日ぶつかっただけで面識もないし、全然知り合いでもないから本当に不思議だった。

思い切って何故私を呼んだのか聞いてみると、三つ編みの彼は「面白そうなやつ見かけたから」と言った。
どうやら私が幼稚園前でぶつかる前からコンビニで人を殴っているところを目撃したそうだ。特に面白い事などした覚えなかったけど、どうやら気に入られたらしい。

「おにーさん達はこの辺に住んでるの?」
「んー?ちげーよ。もう少し遠く」
「へぇー」
「なんだ?なんか気になんのか」

あまり同じ区域以外の人とは話したことがなかったのですごく新鮮に感じた、と伝えた。
私は、一虎から口酸っぱく他人と関わるのはやめろと言われてから。原因は、私の住む地域に暴走族があって兄がそれと揉めていたこと。私も関係のあることだった。「だから外の人とはあまり関わらないんだぁ」と言った。

「へぇー、お前も揉めんのか?」
「え?!たっちゃんは喧嘩はしないよ?」
「…しない奴があの巨体殴るなんてあんのか」

ケラケラと笑い、2人は私の話に耳を傾けた。

「いや!!あれはね!イライラしたから!」
「イライラであんなボコボコにすんのか」
「え!?!そんな見てたの?!」
「さっきのはモロ見えてたわ、人通りが少なくてよかったなお前」
「ま、イラついたらサツ関係なく蘭ちゃんもヤっちまうけどなァ」
「…蘭ちゃん?」
「兄貴の名前ー」
「蘭ちゃん!!」
「おー…」

金髪の眼鏡のお兄さんは竜胆と言うらしい。

「そういや、お前も兄貴がいんのか」
「うんー」
「…さっき話してて引っ掛かったんだけど、この辺に暴走族なんてあったか?」

竜胆が私にそう聞いてきた。私の住む渋谷は昔から、黒龍という暴走族があった。私の家がそのエリア内だった事もあって、中学に上がってすぐはかなり大変だった。それを【東京卍會】という、兄と兄の友人達の暴走族が倒したらしい。

「黒龍か、イザナの後継いだ奴がいるって聞いたけど潰れたのかぁ」
「でもよ、なんかその東京なんたらって名前ダセェな」
「まだマシなの!!!笑笑」

何時間話してただろう、かなり日が暮れておりそろそろ家に帰らなくてはいけない時間になっていた。

「あ、私そろそろ帰らなきゃ」
「ん、俺ら夜暇だし飯でも食って帰りゃ良いじゃん。なぁ?兄貴」
「そーだな、その辺適当に行くか」
「いや、私お金今日全然持ってきてないよ」
「いいよ奢るよ」
「え!それは嬉しい!!けど、ちょっと…」

私が話し終わりかけるその時、携帯電話が鳴った。着信はお母さんだった。

「出ろよ、親だろ?」
「あ、うん」

私は電話に出た

『龍姫?今どこにいるの』
「ちょっと公園で蘭ちゃん達とお話ししてて…」
『蘭ちゃんって誰?名前言われてもわからないわよ、とりあえずお友達といるのね?夜ご飯は?どうするの』
「夜ご飯はー…」

ちらっと隣を見ると夜飯を食べに行くぞというジェスチャーを蘭がしていた

「あー…友だちと食べて帰る!」
『はいはい、じゃあ私も今日は夜遅いからカズくんは自分で適当にやっといてっていっとくわね』
「あ、ママ!それなんだけど、今日なんかにぃにね、夜出かけるんだって!だからいないって言ってた」
『あの子が予定伝えるのなんて久しぶりね、わかった、じゃあ遅くならない程度に帰ってきなさいよー』
「はーい」

私は電話を切り、2人の元へ行った

「そーいや、お前の名前は?」
「龍姫!羽宮龍姫、たっちゃんだよ」
「おー、じゃあ蘭ちゃんとたっちゃんと竜胆だな」
「蘭ちゃんとたっちゃんと竜胆!!」
「俺だけ呼び捨てなの気に食わねぇー、年下だろうが」

今日会ったとは思えないくらい仲良くなってご飯を食べに行った。
2人は巷では有名な【灰谷兄弟】というらしい、今度にぃににでも聞いてみよう、2人とも喧嘩が強くて、私が年上の男の人をボコボコにしてたのが印象的で話しかけてきたんだとか、さっき面白いって言ってたのはそういうことかと後々知った。

「ん!ご馳走様でした」
「おー、すげぇ食べたなぁ」
「……今日どっちの金」
「お前、」
「俺持ちかよ」

ケケケと笑い後で返すよと言って竜胆に会計をさせお店を出た。

「じゃ、俺らこの辺で帰るわぁ」
「うん!また遊びにきてね、ご飯もありがとう!」
「龍姫は目上に対する言葉遣いを学べよな、俺の事敬えってんだ」
「わかったぁー!バイバイ竜胆!蘭ちゃんもばいばーい」
「…竜胆さんな」
「じゃあなぁー」

私は2人と別れ、家に帰る道を歩いていた。結局講習は午前中で終わりだったのに気づいたらこんな時間とか…私暇だな。

ダラダラと道を歩いていると私の横を数台のパトカーや救急車が通った。

「んー?サイレン?」

なんだか今日は騒がしいな、帰る途中、遠くでサイレンのなる音もした。この辺は物騒だからたぶんよくあることなのかもしれないけど…それにしてもうるさいなぁ、かなり長時間鳴っているし、あの後も何台か私の通っていた道を通り過ぎていった。

「なんかあったのかなぁ?」

普段なら気にせず帰るんだろうけど、今日はそのパトカーの量からか、かなり好奇心が勝っていた。私は何処へ行くのか、パトカーの通った道を走りながら周りを見渡す。
この辺はあまりきたことがなかったが、一度だけ、マイキーと来た道だった。
暇だった私を誘ってくれて遊びに行った記憶がある。2人で遊んだのはその一回きりだが、マイキーと遊びに行った場所はマイキーのお兄さんが経営してるバイク屋だった。
そのバイク屋は今まさに私が歩いている近くにある。もしかしたらマイキーのお兄さんに何かあったのかもしれない、そう思ってさっきより早く走った。ちょうど5分くらい全力で走った時、遠くにパトカーと沢山の野次がいた。あそこだ…

「ッはぁ、はぁ、はぁッ着い…た」

やはり、着いてみるとマイキーのお兄さんのバイク屋だった。少し近づくと野次馬の中、金髪の彼がいた。

「……マイキー」
「龍姫?!なんで…」
「たまたま近く通って、どうしたのかなってッここ、お兄さんのバイク屋だよね…?」
「……あぁ」

野次馬の話を聞く限り、バイク屋に強盗が入り、負傷者が出たと言う話だった。犯人はバイクを盗もうとした二人組の強盗、世の中物騒だし、まさか身内のお店に入るなんて…と思った矢先、野次の中私とマイキーは見てしまった。

「………場地?!」

お店から警察に連れられ出てきたのは友人の場地…
と一虎だった。

「………ッにぃに?なんでッ」

私達が立っているのに気づいた場地がこちらを向き涙目になり、名前を呼んだ。

「………マイキー…ッ龍姫」

場地の横に一緒になって歩く兄、一虎はもはや人間としての自我は無くなっていた。

「にぃに?!?!ッにぃに!!!!!」

私はそれなりに体が細かったからすんなりと野次の1番前まで来れた。目の前にいるのはやっぱり一虎で、朝まさに一緒に朝食を食べ学校まで送ってもらったお兄ちゃんだった。

「なんでッ???!!なんで?!何したの一虎ァッッやだ!!!連れてかないでよッ待ってよ!!」

警察に何度も訴える、きっと何かの間違えだと。兄は強盗を図るような人ではないと…何かの間違いで、一虎はやってないと、そん信じるしかなかった。

パトカーに乗る前、私の声に気づいたのか一虎は最後にこちらを見て言った。









「……マイキーを殺さなきゃ」

序章 2話 貴方のために。 END

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