護るためのチカラ


急降下。

自分の中で暴れ出す、"個性"。


急降下していく、
体温。


本能で、身体を暖めようと震え出す。

意識が薄れていく。


ああ、わたしは、もう。


「…おにいちゃん。」



「翠!」


その声は、脳を揺さぶった。





「…おにいちゃん…。」
「翠!しっかりしろ…!」

腕の中でか細い呼吸を繰り返す妹の皮膚には霜が降りている。
身体は氷のように冷たく、小刻みに震えている。事実、手のひらは凍りかけている。

「お兄ちゃんの声が聞こえるか?」
「…ぁ、う…ん…。」
「名前は言えるな?」
「…とどろき…翠…。」
「そうだ。もう大丈夫、お兄ちゃんが来たからな…。」

近くに落ちていた毛布を手繰り寄せ、翠と自分を包む。
熱を移すようなイメージで、ただひたすらその小さな身体を抱き締める。


死なせない。
絶対に。


「…!」

左手に、炎が灯っていることに気付いた。

ぐ、と握りしめ、炎を消す。

…ダメだ。
この個性だけは、使わない。

この個性無しで妹を護れると証明する。


「翠。ゆっくり深呼吸しろ。」
「う、ん…。」

だいぶ落ち着いた翠は、たどたどしく深呼吸を始めた。
ここまでくれば安心だ…。


俺は安堵の息を吐き、翠を抱き締める腕にまた少し力を入れた。




翠は親父にとって"成功例"だった俺と、ほぼ同時に生まれた。
つまり双子だ。
俺は親父の望み通り、父母両方の個性を受け継いだが、翠は違った。

彼女は母方の個性のみ受け継いだ。


俺は妹が羨ましかった。
父親には疎まれたが、母親に慈しまれ、大事に、大事に育てられていた。
翠は未熟児として生まれ、知能や身体の成長に遅れが少しあるが、俺と違って彼女はいつも笑っていた。

『見るな。』

一方俺は、親父に虐待にも近い個性の訓練を受けた。

俺と双子の翠は、真逆だった。


しかし不器用な彼女はいつまで経っても個性のコントロールがままならず、16歳を迎えた今も尚個性が暴発することがある。

だから今回のように能力が暴発した際は、誰かが助けてやらないと、本当に命に関わってしまうのだ。
母さんがいた時はよかったが、今は忙しい姉や兄達は世話をしきれない。



俺がやるしかないんだ。
父親と母親の個性を受け継いだ俺なら…。

いや、違う。
使わない。
左だけは、絶対に…。

『所詮、お前には翠を護れない。』

親父…。

『左を使え。そうでなければ翠は死ぬぞ。』

煩い。


『右だけのお前に翠は救えない。』


「証明、してやるんだ。」

アイツは間違いであると。


「おにいちゃん。」
「!…どうした、翠。」

腕の中でか細く笑う双子の妹に、胸が痛んだ。

「おにいちゃんは、わたしのヒーローだね。」

「…!」





誰も望まれてこの世に生を受けるわけではない。
ましてや、生まれてくる場所…親など選ぶことは出来ない。


エンデヴァーの子として生まれたこと、
轟家の成功例として生まれたこと…。

何度も、何度も悔やんだ。


それでも。

「おにいちゃん。大好きだよ。」

お前がいること。
お前の命を繋ぐこと。

お前の存在に何度救われたことか。




『なりたいものに、なっていいんだよ。』


アイツに言われるまで忘れていた。

俺の憧れたもの。
俺のなりたいもの。

俺は…俺は…。


「おにいちゃん。おにいちゃんは、もっとたくさんの人を助けられるよ。おにいちゃんは、プロのヒーローになれるよ。」

ガタガタと震えながら、青い唇をした翠が笑う。


俺の個性は、戦うためだけのものじゃない。
親父に報いるためでもない。

右も、左も。
どちらも俺なんだ。
親なんか関係ない。
俺は俺なんだ。


「…親父にも負けない、立派なヒーローになる。その時には、翠は俺のサイドキックだ。」
「サイドキック…?」


かつて母親に抱かれながら、
2人して夢中になって応援した。


『私が来た!!』


俺達が憧れた、
あのヒーローのように。


「おにいちゃん、いつもよりやさしい顔してるね。」
「…そうかな。」
「わたし、個性のコントロールできるようになって、そうしたらおにいちゃんのサイドキックになるよ!」
「ああ。頼む。」


霜の降りた部分に、小さな炎を近づける。
つつ、と融けた雫が、愛おしい妹の頬を流れる。



「…あったかいね。おにいちゃん。」




fin.


公開:2018/07/30


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