にがくて、けむたい。
「俺も、煙草吸おうかな。」
そんな俺の呟きに、返答はすぐ返ってきた。
日和さんは、その白く細い筒から口を離すと、濁った煙を吐き出して、
「やめときな。」
と短く一言、笑うのだった。
笑い事じゃ、ないんです。
俺は、少しだけムッとした。
日和さんは気付いたのかどうなのか、笑いながらごめんと言った。
「カッコつけの為ならやめときな。確かに煙草咥えてる姿はカッコイイかもしれないけど、それ以上にリスクが多すぎるよ。特に京ちゃんは、スポーツマンだしね。」
日和さんはそれだけ言うと、車内用灰皿の角に軽く煙草を叩き付けた。
ポトリと灰が落ちる。
開いた窓から、冷たい風が入ってくる。
11月後半の夜は、流石に寒い。
俺はブルッと身震いした。
日和さんは手早く車内の温度を上げてくれた。
夜気は色のついた煙を受け入れて、徐々に拡散させる。
やがて色は消え、煙は完全に夜に紛れた。
そんな光景をボーッと眺めていると、なんだか心が落ち着いていくような気がした。
「…俺は、いいです。…汚れても。」
「あら、京ちゃんが良くても、困る人は他にたくさんいるんだよ。一緒に戦うチームメイト、コンディションを気にしてくれる監督やマネちゃん、ご両親。」
「それは…。」
「京ちゃんの体は、京ちゃん1人のモノじゃないのよ。自分の体は、大切にね。」
日和さんの言葉が、身に染みるようだった。
日和さんの言葉は、何故か説得力があるような感じがする。
これも、彼女と俺との、生きてきた長さの違いなのかなと思う。
それはたったの数年という数字だけど、日和さんが年齢のわりに大人びているからか、なんだか自分がまだまだ子どものように感じられて悔しい。
「…でも俺は…汚れてもいいです、日和さんに汚されるなら…。寧ろ俺は、 汚されたいんです。日和さんに…。」
俺の声は震えていたに違いない。
自分でも何を言っているのか分からない。
夜は自分をおかしくする。
日和さんは、ようやく驚いたような顔をした。
だけどほら、やっぱり笑う。
笑い事じゃないのに。
「私生活に影響ないレベルでなら、いくらでも汚してあげる。」
クスリと笑う日和さんが美しくて、ドキッと心臓が高鳴った。
ああ、俺は、本当にこの人が好きだ。
「にしても、なんで突然煙草?あたしに影響されちゃったかな?」
「え。」
信号待ちを終えて発進した時、日和さんは突然そう聞いてきた。
なんで、か。
「それは…。」
だって、貴女が。
「?」
日和さんは言葉に詰まる俺を不思議そうに一瞥してから、車の進行方向に視線を戻すと慣れた手付きでまた煙草を一本取り出した。
「日和さんが、たくさん吸ってるから…、」
ちょっと、悔しかった。
貴女が、俺じゃなくてニコチンに依存してるのが。
「…そんなにいいのかなって思ったんです。」
煙草なんて、本当は全然興味無い。
ただ、貴女のことが知りたくて。
「だから、吸ってみたくなったんですよ。」
夜はいずれ終わってしまう。
ましてや、俺は明日も部活があるから、あんまり遅くまで起きてはいられない。
なんだか、無性に焦る。
運転席と助手席の間が、やけに遠く感じる。
肘掛けに腕を乗せても、壁があるようにそこから先に進めなくて。
左手にハンドル、右手に煙草。
どうしてその手は、俺と触れ合わないんだろう。
夜が更けていく。明日も早い。
このドライブは、いつまで続くだろう。
彼女の気まぐれで、唐突に終わったりしてしまいそうで。
早く触れたい、抱きしめたい、痕を残したい。
終わって欲しくない。
ふと、停車した。
薄暗く、だだっ広い場所ということ以外、暗くて何処だかわからない。
「どこですか、ここ。」
「んーと、なんとか橋の下。」
なるほど、そう言われてみれば、どうも下は砂利で、遠くに川らしきものが見える気がする。
俺がキョロキョロと辺りを見回していると、日和さんは大人びた顔に似合わない、悪戯な笑顔を見せた。
「疲れちゃったから、ちょっと休憩。」
休憩?それなら、コンビニの駐車場とかでいいじゃないか。
それを、こんな人目のつかないような場所に停めるということは。
「後ろ行こ。京ちゃん。」
拒む理由なんかない。
寧ろ、待っていたようなものだから。
散々焦らされて、ようやく与えられた機会。
俺が先に後部座席に座ると、日和さんは煙草を灰皿に押し付けた。
そして、ようやく手の届く距離に来た。
隣に座った日和さんの腰を引き寄せる。
日和さんも応えるように細い腕を俺の首に回してきた。
俺が促すと、日和さんは素直に、座る俺の腿の上に乗ってきた。
軽い。不安になるほど。
「煙草の味知りたい?」
首を傾げて囁く日和さんがなんだか妖艶で、俺の脈拍は段々と速くなる。
目を逸らせなくてじっと見つめていると、イエスと受け取ったのか、俺の首の後ろに置かれていた手を俺の後頭部に移動させ、ぐいと自分の顔に引き寄せた。
唇が触れる。少し苦い。
キスは甘いものだと思っていた。
ああもしかして、これが大人の味ってやつなのか。
ぬるりと、舌が入り込んでくる。
厭だ。
不味い。
「っ…。」
思わず眉を潜めると、日和さんはそっと唇を離した。
「ん…、ゴメンね。」
寂しそうに笑って、軽く唇を拭った。
それから俺の頬に手を添えて、親指で俺の唇の端を拭う。
ダメだそんなことしたら。
「…っん!」
その手を剥がし、指を絡めながら、空いた方の手で今度は俺が日和さんの頭を引き寄せる。
唇を重ねて、舌を捩じ込んだ。
「ふ、っ…けぇちゃ…っ、」
日和さんの苦い舌を追いかけ回し、自分の舌を絡める。
珍しく日和さんが抵抗する。
「…だめ。」
俺の両頬に手を添え、無理矢理顔を引き剥がした。
俺は少しムスッとした。
「やっぱ京ちゃんに、こんな味知って欲しくない。」
日和さんの顔は、苦しそうに歪んでいる。
貴女は隠し事が多い。
俺は貴女の全てを知りたいのに。
俺は日和さんの背中に手を添えた。
「…ねぇ、日和さん。」
そして後部座席のシートの上にゆっくりと押し倒した。
「煙草なんかやめて、俺に依存しませんか。」
「…京ちゃ、…?」
もう逃がさない。
顔の横に肘を付いて、片方の手で日和さんの頭を押さえた。
上から体重をかけるようにのしかかり、唇を押し付けた。
なんて不味いキスなんだろう。
煙草、なんて。
貴女にはやめてほしい。
苦味を掻き消すように、深く深く口付け、唾液を混ぜ合わせた。
fin.
『煙草なんて、本当は全然興味無い。
ただ、貴女のことが知りたくて。』
これはゴlーlルlデlンlボlンlバlー『煙草』の歌詞を改変したものです
すごく好きな曲なので、ぜひ興味のある方は聴いてみてください!
公開:2017/11/06
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