夢2 | ナノ


▼ 6.天の川




着付けが楽なのがいいです、と言えば店員さんが笑顔で対応してくれた。一方で、店員さんのコーディネートを吟味しつつ帯やらなにやら選んでくれるお香さんは、私の夢見た姉のようだ。

「由夜ちゃん、こっちのほうが似合うんじゃないかしら」

「いや、正直なんでもいいです」

「もう、折角オシャレするんだから気合いいれましょうよ」

「はぁ…」

もう何着と着せ替え人形をやっている私は、大分疲れた。洋服ならまだしも、着脱に時間のかかる和服だ。精神的にも身体的にも辛い。
本音を言えば、もう帰りたい。いや、買い物行きたいってい言い出したのは私なんですけどね…。


6.天の川


結局着物を五着くらい購入してもらった。それらはすべて閻魔殿の方からお金を出してくれるというのだから、私はこれからもうどんな顔して鬼灯さんや閻魔大王に会えばいいのやら、という状態だ。
お香さん曰く、そんなに高いものは買っていないから気にしないで、らしいが。

「それにね、買ってあげるっていうんだから…殿方をたててあげるためにも由夜ちゃんは甘んじておくといいと思うわ」

「いや、殿方っていうか一つの企業に借金した気分なんですが…」

お香さんの言葉を聞く限り、この人も相当男性慣れしてるんだなぁ、とぼんやりと思う。そんなことを話しながら、私とお香さんはお店を出て繁華街を歩いた。

極楽満月で白澤さんと鬼灯さんに着替えさせてもらっている中、お香さんが来てくれたのは本当に助かった。
店内を覗いて何事かと目を見開いたお香さんは、真っ先に走ってきて私を抱き留めてくれたのだから、本当に女神に見えた。彼女がいう事には、逆に二人が私のことを脱がしているようにも見えたとかなんとか。恐ろしすぎる。

「白澤様にはともかく、鬼灯様にはナイショよ」

そう言ってウィンクする彼女に惚れそうになったのは言うまでもない。

お香さんの後に続いていけば、彼女は繁華街の道を不意に曲がった。一本道から外れてしまえば、そこはあっというまに大通りが嘘のように人通りがグッと減るのだから驚きだ。
そんな道を続いていくと、和装の小ぢんまりした可愛らしい店舗がぽつんと隠れるように立っているのが見えた。中に入れば、映画館を想像させる少し暗めの店内の雰囲気にのまれる。
なんのお店なんだ、と警戒していれば、お香さんが「あやしいトコロじゃないから大丈夫」と笑って言ってくれた。どうやら私の心の中は随分見透かしやすいようだ。お香さんといい鬼灯さんといい。
お香さんの示す先を見てみれば、納得した。小さな棚が並ぶ中、雑誌でみるようなシーツやブラジャーが飾られている。

「ここ、ランジェリーショップなんですか…」

「そ。お値段はそこそこはるけどね、その分長持ちするし可愛いの」

衆合地獄で働く獄卒達の穴場なのよ、とも付け足す。
衆合地獄といえば、この前鬼灯さんから聞いた気がする。なんでも、女の人関係で悪い事した人が堕ちる地獄だった気がする(アバウト)。
そんな地獄で働く女性たちのことだ、きっと私とはタイプが真逆のような女の人たちがそこでイキイキと働いているんだろう。

「…わたし、フツーの下着で十分なんですけど…」

ユ○クロとかまとめ買いしても財布に優しいお店を求めたが、お香さんは眉を八字にして困った様に頬へ手を当てた。

「あら、由夜ちゃんなら似合うと思ったのよ?」

「いやいや、似合いませんて!」

「それにいざという時、やっぱり素敵な下着の方がいいと思わない?」

「私にそんな時は来ませんからー!!」

顔が赤くなるのを感じつつそう言えば、お香さんは楽しげに口許を抑えて笑っている。くそう、なんかものすごくからかわれてる気がする。
やはりこの店舗が揃えている下着はどれも洒落ていて、こだわりを持つ女性が好みそうなそれだ。
ぶっちゃけ、私は危なっかしい下着でなければどれでもいいのだが。

「ねぇ、由夜ちゃんはどれがいい?」

「…出来うる限り布面積が広いので」

そう言えば、あやすように頭を撫でられる。なんかものすごく子ども扱いされてる気分だ。いや実際彼女は私よりもずっと年上なんだろうけど、なんていうか、経験の差っていうのかな。そういうものが如実に出てる気がする。
唐突に、お香さんは私の目を見つめて眉を顰めると、距離を縮めて声を低めた。
なにを言うのかな、と思った私もお香さんに近づけば、この綺麗なお姉さんは私に爆弾を落としていった。

「ココだけの話、由夜ちゃんはどっちがいいの!?」

「ぶふっ!?」

私が慌てて見つめ返せば、お香さんは楽しくてたまらないと言った表情をしていらっしゃる。これはあれだ、恋バナをする女の子の顔だ!
聞くことはあってもしたことはない私にとっは、こういう時どんな顔したらいいかわからない。多分今は顔引きつってるんだと思うけど。

ていうか、どっちって、

「ど、どっちというと…?」

「ヤダ、鬼灯様と白澤様よ?」

デスヨネ。だと思ったよ。そうであってほしくなかったけど。
なんで皆こうもどちらか選ばせようとするんだ。どっちも好きでいいじゃないかと内心不満をぼやくが、こんな楽しげなお香さんを無下にはできない。折角できたあの世での女性の知り合いだ。仲良くなるにこしたことはないし。

「……正直、どっちも好きですよ?」

「どっちかと言えば?」

「恋愛感情はないです!」

そう言い切れば、お香さんの綺麗な青がかった瞳が丸くなった。
きょとんという効果音が似合いそうなその表情は一瞬で、すぐに驚いた顔へと様変わりした。

「えぇっ、そうなの!?」

「そうです!どっちも大好きです!」

もうこの話は終わり、と暗にそう告げるように言えば、お香さんは何がおもしろいのかフフフと笑って口許を抑えている。
なんだかお香さんと話していると、サークルの先輩に弄られているような感覚に陥る。それはきっとお香さんが素敵な女性で、私を後輩や子供のように思っているからだろう。
無理矢理会話を終わらせた私は、追及されないように店の奥のへと大股で歩いていく。
お香さんはそんな私を見て相変わらず楽しそうに笑っていたが、

「……鬼灯様と白澤様は大変ね」

なにか彼女が呟いた気がしたが、店内を流れる穏やかなBGMに重なって、なんて言っていたのかはわからなかった。

結局ここで買った下着も全部閻魔殿から出してくれるみたいで、支払を済ましてくれているお香さんの後ろ姿に向かって頭を下げるしかない。
ニコニコしながら可愛らしい袋を差し出してくる私はこの場で土下座してもいいくらいなのだが、それを言ったらお香さんに慌てて止められた。
というか、私こっちの世にきてから土下座ばっかしてるな。

「ホントにスミマセン、買ってもらってばっかりで…!!」

「いいのよ気にしないで、アタシが出したわけじゃないしね」

お礼なら閻魔大王と鬼灯様に、とお香さんは言うが、閻魔殿に着物と下着の請求書が後日届くのかと考えると更に申し訳なく感じる。ホントお世話になりっぱなしでごめんなさい。
そして忘れることなく、「何か進展あったら教えてね」と言うあたり、ホントにぬかりない。

「だから無いですって…!!」

「あ、男の人に話しづらいことがあったらいつでも相談しにいらっしゃってね!」

「それはすごく嬉しいですけど…!!」

正直、女の人の話し相手が増えるのはありがたいのだ。今日の下着の件もあったし、お香さんにはお世話になりっぱなしだ。
今度なにかお礼しないと、と思っていると、唐突に聞き覚えのない着信音が鳴り響いた。
お香さんの携帯だったらしい、ごそごそと袖の中を探って携帯を取出し、手早く通話ボタンを押して耳に押し当てた。

私はその間手持無沙汰だったので、お香さんの通話の様子を眺めていたのだが、どうやらなにか仕事関係で不備な事があったらしい。
慌てた様子で携帯を仕舞ったお香さんは申し訳なさそうに、顔の前で手を合わせ、

「ごめんなさい、由夜ちゃん!今、亡者が獄卒の一人を倒して逃亡したって報せが入ったの…!」

「え、それ大丈夫なんですか!?」

「私も今から現場に行かなくちゃいけないの、だから由夜ちゃんを閻魔殿に送れなくて…」

と、困ったように辺りをきょろきょろ見回していたお香さんを、私もどうすればいいのかよくわからなかったのでただ見つめていたのだが、不意に肩に重みがかかった。
お香さんの目が驚きを表すように丸くなった。
…前もこんなことあったな、と思いつつその重さを享受していれば、私が予想していたのと同じ声が頭上から聞えて来た。

「いいよーお香ちゃん、僕が送っとくから」

「重いです白澤さん」

「白澤様!」

相変わらずボディタッチが多いなこの人。でも、ここで出てきてくれたのはありがたい。お香さんの手を煩わせずに済むし!白澤さんの後ろには桃太郎さんもついていて、亡者が逃げ出したと騒ぎになりつつある大通りの喧騒を不安げに眺めていた。
あれ、そういえば、鬼灯さんの姿が見えない。
私とお香さんが買い物する間、この三人はこの近くで待機しているはずだったのだが。
白澤さんの顔を見る限り、怪我はしていないようなので、鬼灯さんと喧嘩にはならなかったようだ。

「その亡者が捕まるまで、閻魔殿も安全とは言えないでしょ?由夜ちゃん、暫く天国で待機してればいいよ」

そう言ってにこりと笑う白澤さん。たしかに彼の言う事は一理ある。お香さんも助かりました、と言って顔を和らげた。

「白澤様が来て下さってよかったわ」

「お香ちゃんがそう言うなら、僕はいつでも君の傍にいるけど?」

「白澤さん、重いです」

ていうか、人の肩に手を回した状態で口説かないでほしい。

「なぁに由夜ちゃん、やきもち?」

「違いますッ!!」

「あの、白澤様、俺も閻魔殿に届け物あるんで一応寄ってから帰りますね」

そう言って茶色の紙袋を抱えて走り出した桃太郎さんに続き、お香さんも私を見て申し訳なさそうに、

「ごめんなさいね、由夜ちゃん!」

「あ、大丈夫ですよ!お香さんも気を付けて!」

走っていく二つの背中を見送り、人影に隠れて見えなくなった頃、白澤さんが満足げに溜息を吐いた。
頭一つ分以上に高い彼を見上げれば、相変わらず口許に笑みを乗せてこちらを見下ろした。

「さて、じゃあ行こうか」

「ありがとうございます。…こういう騒ぎってよくあるんですか?」

地獄で、と言えば白澤さんは口許に手をやり、首を捻る。
彼の答えを待っていれば、さっと片手にかかる重みが消えた。気がつけば、左手に持っていた着物やらなにやらを入った紙袋が消えている。
その紙袋は、いつの間にか白澤さんの右手に握られていた。

「うーんそうだね、滅多にない、とは言い切れないぐらいかな」

「………」

「まぁ、僕普段天国にいるし、地獄のこと完全に知り尽くしてるわけじゃないしね」

「…………白澤さんって、こういうとこ素敵だと思います」

「え、何いきなり」

驚いた様に私を見下ろしているが、多分白澤さんにとって女の子の荷物もってあげるのは普通なんだな、と思う。こういうさりげない気配りは最早一連の流れとなって染みついているのか、ほとんど無意識のようだ。
うん、でも、こういうことしてもらえると嬉しいよね。

「そういえば、鬼灯さんどこ行ったんですか?私さっきから見てないんですけど」

「あいつは亡者逃亡の報せが来たらすぐ閻魔殿に帰ったよ。僕に由夜ちゃん任せるって」

あぁ、これで鬼灯さんの休日は無と化したんですね。同情していれば、白澤さんに手を取られ、騒然としている繁華街の裏道へ誘導される。
人通りの少ないそこで何をするのだろうかとぼんやり見ていれば、突如として強風に顔を打たれた。
それと同時に香るお香の匂い。銀糸が垂れるそれは、何度か見た神獣姿の白澤さんだ。
ご丁寧に、その大きな口にはさっきの紙袋が咥えられている。

「なんでこの姿になったんですか?」

「こっちの方が早いでしょ?」

そう言って身を屈める。
乗れってことか。

「……私馬にも乗った事ないんですけど…」

「今までも乗ったことあるでしょ?あ、でも意識無かったのか、由夜ちゃん」

そのまま跨っていいよ、と言われたのでできるだけ真っ白い毛を探さないように細心の注意を払いながらその背中へ乗っかる。
凸凹とした角へ手をかければ、白澤さんに乗っている部分から動物独特の温かみが伝わる。
いくよ、と声をかけられ、ぐっと口を引き結んだのだが、予想していたより勢いや反動はなく、魔法のようにふわりと、浮かび上がった。
浮遊感がどうしても怖いので、鬣にぎゅうとしがみ付けば満足げに息を吐いたのが分かる。

ざわ、と下方で人々の喧騒が聞こえ、おそるおそる下を見下ろせば、たくさんの人々が――いや、神獣姿の白澤さんをみて感嘆の声を漏らしていた。

「一応、顔隠しときな」

そう言われ、鬣へ顔を押し付ける。
ていうか、顔割れないほうがいいなら素直に歩いていけばよかったのでは、とわずかに思う。

更に力を込めて鬣を握れば、僅かに自分の手が震えているのを感じる、
怖いのもある。だけど、白澤さんの神獣の姿を見た時と一緒だと思った。

私は、この神獣の神々しさにあてられているんだな、と漠然と感じた。







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