▼ 5.恋もするかな
買い物に行きたい、というと三人ともから怪訝な顔をされた。
まぁ今の流れからなんで買い物行く話になるんだよ、とは思うよね。わかるよ。
でもね、私はそろそろ着替えたいんですよ!!服はもちろん下着な!!
「……私、こっちの世にきてからまだ、着替えられてないし……下着替えたいし」
恥ずかしいと思いつつも言えば、桃太郎さんだけが気まずそうに顔を赤らめ、二人は納得がいったように瞬きした。
5.恋もするかな
「そうですね。すいません、気がつけなくて」
「いや、鬼灯さん昨日も忙しかったし私もドタバタしてたんで…」
鬼灯さん曰く、知り合いの女性を呼び出して付き添ってもらうこととなった。鬼灯さんの知り合いってことは、やっぱり鬼なのかな。気になる。コミュ症ながらに頑張るよ私。
「実際私が気が付いたのも、お風呂入ろうとした時ですし。その時鬼灯さん呼んだんですけど、もう寝てましたし」
「………。」
そう言えば、気まずそうに視線をそらす鬼灯さん。ケータイをプッシュしている彼へ、今までそのやり取りを聞く側に回っていた白澤さんが声を上げた。
「ちょっと待って。由夜ちゃん、昨日どこに泊まったの?」
「鬼灯さんの部屋ですけど」
私が言い終わる前に、珍しく白澤さんが携帯片手の鬼灯さんへ向かって行って襟首を掴み上げた。それでも鬼灯さんは微動だにしてないけど。
白澤さんの、これも珍しい低い声が極楽満月内に響く。
「オイ…散々人に手出すなって言っておいてなんだソレは」
「同室に女性がいれば誰彼構わず手を出す貴方と一緒にしないでください」
「由夜ちゃんダメだよ!!こんな野郎と同じ部屋で寝泊まりなんて許さないからね!!ウチおいでウチ!!」
「テメェがやってることも同じじゃねぇか!!」
以下略。久しぶりだなこの乱闘見るの。
まぁ今回は自分のマンションでの戦いではないので、何が破損しようが崩壊しようが私には危害はない。変に間に入って怪我するのも嫌だし、遠巻きに傍観していよう。
危険を察知したらしく、部屋の隅に避難しているウサギたちに交じって体育座りしておく。
常に鼻?口?を動かしているウサギを膝に乗せ、どれだけ血みどろの戦いになるのかと眺めて…
「いやいや由夜さん止めてくださいよ!!」
いるわけにもいかなくなった。なんとかあの争いを止めようとおろおろしてた桃太郎さんが私に泣きついてくる。あぁ、苦労人の雰囲気がひしひしと伝わってくるよ。
白澤さんを上司に持った時点で彼の胃は荒れることになるのは自明だが、このままでは本当に胃が荒れるどころか穴が開く日も遠くないような気がする。
「…無理ですよ多分。あの二人負けず嫌いだし」
「このままじゃこの家潰れるんですって!!」
「多少壊れるくらいは、目を瞑って…」
「このままいけば間違いなく全壊ですよ!!そしたら俺の勤め先が!!給料が!!」
「あぁ、白澤さんの心配は皆無なんだ」
まぁなにしても死ななそうだしねあの人。ここがあの世な以上、死ぬとかそういう概念が通用するのかわからないけど。
とにかく私はなんと言われようとあの戦いの最中には入りたくないので、そろそろこの家が潰れる危険を予期してウサギと外に出ていようかと思った矢先だ。
乱闘の中鬼灯さんが落とした携帯、それはずっと呼び出し中だったらしく、今繋がったらしい。
「……もしもし?鬼灯様?」
スピーカーから、透き通った女の人の声が聞こえてきた。
それがきっかけで、つかみ合っていた二人の罵詈雑言の言い合いと動きが止まる。暫くお互いに様子を伺った後、鬼灯さんがくるりと背を向けて、床に落ちている携帯を拾って耳にあてた。
「……お香さん、すみません」
「また白澤様と喧嘩してらしたの?」
「………それはもういいです。それより、今日お香さん空いている時間ありますか」
まさに鶴の一声。すごいなぁあの電話の人。お香さんって鬼灯さんは言ってたけど、どんな人なんだろう。
鬼灯さんの会話を盗み聞きつつ、床に胡坐をかいて頭をさすっている白澤さんへ近づいて一応安否を確かめておく。ちなみに桃太郎さんは白澤さん放置で、転がった薬瓶や割れた器具などを片付けるのに奔走していた。
「白澤さん、大丈夫ですか?」
「痛っー、あの暴力官吏…信じられねー…」
見てよこの痣、と言って腕を摩る白澤さんだが、やっぱりそんな言葉に比べて元気そうだ。ぱんぱんと音をたてて白衣を払い、立ち上がったところで先の戦いが無かったかのようなスマイルを浮かべて私を見下ろす。
「ねぇ、由夜ちゃんはどっちがいい?」
「え?」
質問の内容がつかめず、馬鹿みたいに聞き返せば、どこか楽しそうな笑みを浮かべた白澤さんの胡散臭そうなそれがさらに距離を縮める。
「地獄と天国。住むならどっちがいい?」
それはあれですよね。遠回しに言ってるけど、とどのつまり鬼灯さんと白澤さん、どっちがいい?と同義ですよね。
困る。困るよそういうの。
「え、えー…どっちでも…」
「どっちでもはナシ」
「うぇえええええ」
助けて、と視線を巡らせれば、携帯片手の鬼灯さんがこちらを見ていた。それはもちろん助けてくれそうな雰囲気ではなく、むしろ地獄を選ばないとどうなるかわかってるよなと言いたげなソレだ。獣の板挟み状態。ちょっと待て。
桃太郎さんを咄嗟に探すが、薄情なことに彼はすでにウサギを抱えて部屋の奥へと退避していた。さっきのおかえしってことか。覚えとけ。
「あんな女の子に気遣いもできないような野郎のトコなんかよりも、僕の所においでよ」
そう言って手をとるのは反則だと思うんですよ白澤さん。この二人と暫く共同生活をしてきたとはいえ、渡しにイケメンや男の人に対する耐性ができたかと言えばそんなことはまずない。
顔が整った人からそれっぽい言葉を言われてしまえば、私の心は簡単に揺れるどころか反復横跳びしそうなくらい動揺してしまう。
「始終暑かったり寒かったりする地獄なんかよりも、過ごしやすい天国の方がよくない?」
「……う」
「あれと違って、僕ならずっとここにいるし。由夜ちゃんを放っておいたりしないよ」
「……うー……」
目が本気なんだけど。私はそれから逃れるように首を回し、こちらを見ている鬼灯さんへ、
「ほ、鬼灯さん」
「はい」
「もし、私が天国に行くって言ったら、どうします…?」
恐る恐るそう言えば、鬼灯さんはぱちんと音をたてて携帯を仕舞い、目を閉じて何事もなかったかのように返してきた。
「別に、どうも。これは貴女が決めることですし、強制はしませんよ」
「えええええええ」
それもそれで困る。
私はぶっちゃけ、どっちでもいいのだ。2人とも大好きだし、本音を言えば選べない。選んでしまえば、切り捨てたどちらかと会う機会はめっきり減ってしまうことは私にでも想像がついてる。
だから、選びたくないのだけれども。
そんな私の心の声も知らず、更に追い打ちをかけるようなことを鬼灯さんが言う。
「それとも、引き止めて欲しいですか?」
「ちょっ…!!」
小首を傾げる鬼灯さんが悪魔に見える。鬼なんだけど。引き止めて欲しくなかったと言えば嘘になるが、引き止められても困る。それはそれで困る!
再び白澤さんへ視線を戻せば、無言でにこりと微笑まれた。
無言の圧力。
外の桃太郎さんも。こちらの様子を息を顰めて見守っている。いや、見守ってないで助けて。
「っ……私は…」
静まった部屋の中で、震えている私の声だけがむなしく響く。
続きを促すように、二人がこちらを見ているのを感じた。
「りょ、両方で……!!」
絞り出した声に、両サイドから諦めのような、そんな溜息が同時に聞こえた。待て待て。
「なんですかその溜息!!」
「いやまぁ、そうなるだろうとは思ってたよ」
「分かっててあんなに追い詰めたんですか!?」
「貴女が優柔不断なのは重々承知してますから」
「しょうがないでしょ直りませんよそれはもう!!」
とにかく私は2人とも大好きですよ!!と叫んでから、私はこんなとこで何を言ってたんだという羞恥に今更ながら駆られ、その場で顔を覆って崩れ落ちれば、流石に三人とも心配して駆け寄ってきてくれた。
なんだよこれ。ただの公開処刑じゃないか。
*
足先の温度は、予想していたより熱かった。
なんとかそれに耐えつつ、じわじわと足を浸けていって、時間をかけて肩までお湯に浸かる。
熱すぎるほどの湯加減は、血行を良くするためのものだとか。思いきり身体を伸ばして一息吐けば、ほっと身体が休まる気がした。
「何年振りかなぁ…温泉とか」
そう、私は今極楽満月の裏手にある天然温泉をお借りしてます。天然温泉とか、すごいな桃源郷。さすが極楽の代名詞。この温泉の為に何度だって足を運びたいくらいだ。
着替えが無い、という話に戻ったあの言い争いの後、白澤さんが女物の着物をもっているというから借りることになり、その流れで、そのまま温泉入っちゃったら?と言うことで今に至る。
それに加え、ランジェリー(未開封)が一通り揃っている白澤さんの生活が気になる。なんでも、ほぼ毎日女の人が泊まりに来るとか。その内の女性の一人が慌てて近場のショッピングモールで買ったらしい忘れ物…と言って貰ったものだが。
正直今すぐにでも着替えたかった私はありがたく頂戴したのだが。もしさっき私が天国に住みます、みたいなこと言っていたら私は毎日違う女性がここに泊まりに来るのを見ることになっていたのだろうか。
ものすごく、それは複雑なんだけど。
「あの人マジで女好きなんだぁ…」
顔まで浸かってそう思い、目を閉じる。そして考えた。
私はさっき天国か地獄かと聞かれて「両方」と答えたが、どうすればそれは実現なるか。
思うに、鬼灯さんが仕事している間は構って貰うために桃源郷の白澤さんの元へ、仕事していないときは地獄の鬼灯さんの元にいればいいのではないだろうか。基本地獄にお泊りで。何故かと問われれば、食堂があるから、と答える。
私が極楽満月に住みこめば、間違いなく白澤さんの作ってくれる美味しいごはんを喰らう女になる、自信がある。
地獄の食堂ならば、職員関係者ならば顔パスで一品作ってくれるみたいなので、そこを頼っていきたい。
…それに、私が極楽満月に寝泊まりしていたら、白澤さんも何かと不都合ではなかろうか、と思うのだ。
女の人を連れ込む際、私がいたら妙な雰囲気になるのが容易に想像できる。とても気まずい。
加えて、女の人が夜に白澤さんの家に泊まりに来るということは……その夜間、何が行われているかと思うと……ああいう、ソレな訳で。
「…ムリだ」
声とか聞こえちゃってたら、冷静を保てる自信はない。
しかし、毎日女の人がつかまるほどなんだから、きっとリピーターも多いのだろう。
そんなに彼は魅力的なのだろうか。いや、勿論顔はオールオッケー、性格も優しいし気が利くしで、女好きを除いてオッケー。
……きっと、そういうアレなことをする時も彼は優しい、
「ふぅぉあああああああ」
変な声出た。頭の中がピンクになりすぎて変な声でた!!何考えてんの馬鹿なの私!?相変わらず頭は中学生だな!成長微塵もしてないな!!
あぁ、鬼灯さんが初めて私の家に来て、お風呂に入った時もこんなカンジになった気がする。
そんな回想を頭の中で流しながら、慌てて風呂から抜け出して乱雑にタオルで頭を拭う。早く私の雑念よ、どっかいけ!!お願いします行ってください!!
可愛らしいピンクの袋に包まれたビニールを力と勢いに任せて引き裂けば、予想以上に予想以上な下着とご対面することになり、思わず無我の境地に達する。
「………………。」
黒のレース上下。ネグリジェがやたらとスケスケだ。これ着る意味あるか?と真顔でデザイン提供者に問い質したい。ショーツも面積小さいし(普段私が着ているものに比べ)。だから着る意味はあるのかと、問い質したい。
普段ユ○クロの下着をまとめ買いするような私にとって(だって安いし)、未知にも等しい下着な訳だが。
普段こういう下着を愛用する女の人とあんなこんなしているのね白澤さんは。そして白澤さんの家に通う女の人が選んだ一品がこの下着なわけなのだから、遠回しに考えれば、白澤さんはこういう下着が趣味なのk……
「………ああああああ」
だからなんでそういう考えになるんだよ私の馬鹿ァアアアアァア!!!いい加減その話題から離れろよ!!
頭を抱えていると、不意打ちもいいとこだ、ゴンゴンと木製のドアが唐突にノックされた。
「由夜ちゃん?大丈夫?」
「うわぁああああ!?大丈夫ですよ余裕です余裕!!」
「…ちょっ、大丈夫ホントに…なんかさっきから変な声ばっかするし」
聞かれてたのかと思いつつ、着物を手に取り、急いで着ようと帯を探す。
人には言えないようなこと考えてたのに、よりにもよって本人が声かけてくるとか卑怯すぎる。お陰でまともに白澤さんの顔見れないんですけど。いや、全部私が悪いんですけどね?自業自得なんですけどね?
そこではたと気が付いた。
今私が着ようとしてるのは着物。さっきまで私が着ていた洋服と下着は、洗濯機の中。
そして、こんなきちんとした和服、私は年に一度も着たことがない。うん、つまり、
私、着物一人で着れない。
「………………………………。」
顔が青ざめていくのを感じる。今まで赤かったのに。
どうしよう、お手伝いさんが必要だ。お手伝いさんというか、むしろ着させてください誰か、という感じだ。
しかし、この(私にとっては)恥ずかしい下着姿で、あの三人から着させてもらえというのか。
(…………………ムリ………!!!)
ごん、とドアに頭をぶつけて停止。
無理だ、そんな恥ずかしいの、無理だ。死ぬ。はずか死ぬ。
ただでさえこんな下着はやく脱ぎたいのに!!見られたとあっちゃ、ホントに無理!!
こういう下着は、大人の身体をした人が着るから映えるのであって、私みたいな背の小さい幼児体型が着ても映えるどころか残念さが際立つことはわかっている。だから、無理!!
「由夜ちゃん、ホントに大丈夫?なんかあった?」
「うわああああああああ!!?」
ドア越しに聞こえてきた白澤さんの声に、思わず今日何度目かしれない奇声を発してしまった。
そしてそれが致命的だったことも知らず。
本気でなにかあったと思ったらしい、バタバタとドア越しに二つの足音が聞こえたと感じると共に、ドアが外から開けられた。
「どうしたの?!由夜ちゃ…………。…………………。」
「………………………。」
「………………………。」
「白澤様、何か起き――………ぅわっ!?」
白澤さんはドアを開けると共に絶句、同じく鬼灯さんも白澤さんが慌てていたのに続いてきて絶句、騒ぎを聞きつけて外から走って来た桃太郎さんが唯一驚いた声を上げた。
私は顔を覆って下を向き、着物を握りしめていたのでみんなの顔はわからない。というか、見れない。
うん、はずか死にたい。
たっぷりと間が開いたあと、気まずそうに白澤さんが、
「……由夜ちゃん、ごめん」
と言ってドアを閉めようとしたので、
「ま、待って、私着物の着方わからないんです!!」
と言って最早どうにでもなれという気持ちで叫べば、目の前の三人は呆気にとられたように目を丸くした。
ここで初めて三人の顔をマトモに見れたのだが、桃太郎さんだけが申し訳なさそうに赤面しつつ後ろを向いてくれた。
桃太郎さんが私の心のオアシスな気がする。まぁ彼が私を一回見捨てたことは許せないが(私も彼を一回見捨てたけど)。
納得がいったように頷いた鬼灯さんが、
「……現世の方は年に数度しか着ませんし、しょうがないですね」
と、何事も無かったかのように私が握っていた着物を取る。マジで寸分も表情変わってないこの人。その無表情にちょっと心が救われたよ。
頭にばさりと何かがかけられ、何かと思えば、白澤さんがバスタオルをかぶせて私の頭を拭いてくれていた。
「ご、ごめんね本当に……」
顔が引きつってるぞ白澤さん。そんなにみすぼらしかったか私のこの姿は。期待にそえないことは重々承知だけど!
ごそごそと髪をこする手がもどかしいことに違和感を感じつつ、かぶりをふった。
「私こそ、すいません…見苦しいものを見せて…ほんと…」
「見苦しくなんてないよ!!むしろイイと思う!!」
「何処がですかー!!」
大人しくしててください、と上から降って来た鬼灯さんの声に打たれつつ、白澤さんのお世辞に反抗する。
そんな中でも鬼灯さんの手は淀みなく動き、淡々と後ろから着物を着せてくれていた。
「前ちょっとずれてる。やらせて」
そう言って、衿を前から白澤さんが正してくれる。
獣の板挟み(物理)。こんなイケメン二人に着付けてもらえるなんて、嬉しいよりも恐れ多くて恥ずかしい。
そんな私の気持ちも知らず、どこか楽しげな白澤さんが歌うように呟いた。
「いやぁ、でもさっきの由夜ちゃん可愛かったよ。うん、あの下着とっといて良かった」
「やめてくださいやめてください思い出させないで!!」
「男心を擽るものがあったねマジで。お前も好きだろ?」
「貴方に聞かれると癪ですが、正直アリだとは思いましたね」
「やめてー!!!」
私の絶叫が極楽満月で木霊している中、不意に開いた入り口から顔をだしたお香さん(初対面)が、この世の救世主に見えた。
***
今までになく変態ですみません