▼ 4.あやめも知らぬ
目を開ければ、そこは見覚えのある天井だった。
あれ、私、あの世に行ってなかったっけ。
あぁ、もしかして、あれ、全部夢か。
なんだ、じゃあ鬼灯さんと会えたのも、シロちゃんとかと会えたのもあれも全部現実じゃないと。
寂しいな。また、一人の生活になっちゃうのか。
4.あやめも知らぬ
……なんてことにはなりませんよね知ってる。
私の目が覚めると、そこは案の定見知らぬ天井だった。どこだここ。
身体を起こそうと腕を動かした所、ぎししと痛んだ。長い間動かしていなかった腕が無理やり曲げられた感じ。血がうまくいっていなかったせいか、全体的に重だるい。
変な体制で寝てしまったせいか、寝違えてしまったらしい。地味に辛い。
ベッドの上に足を伸ばし、思いきり伸びをすれば体中が軋んだ。ちょっ、まだ二十歳前なんだけど私。どんだけ身体お婆ちゃんなのよ。
「…あぁ、おはようございます」
まだ眠気が覚めないぼんやりとした思考回路のままぼぅっとしていると、鼓膜を聞き覚えのある低音が揺らした。声のした方へ目をやれば、赤襦袢を着た鬼灯さんがタオルで顔を拭きながら脱衣所からこちらを覗いている。
髪は乱れ、鬼灯さんも若干眠気眼だが昨晩よりは疲れはとれたようだ。
そこで、やっと私は気が付く。昨晩との相違点に。
赤襦袢の鬼灯さんで思い出した。私、ベッドで寝てなかったよね。
じゃあ、なんで、ベッドで目覚ましたわけ?
昨晩、寝苦しいだろうと思って鬼灯さんの黒い着物を脱がした私のふしだらな考えがさっと過ぎり、思わず脱衣所へ向けて声を張り上げた。
「ほ、鬼灯さん!!私あなたになんかしました!?」
「なんかってなんですか」
「セクハラとかしませんでしたよね!?」
「むしろなぜセクハラしたかもしれないと思ったのか、そこを詳しく」
「ちょっと気の迷いで!!」
「むしろ普通ならば逆のことを懸念すると思いますが」
良かった、どうやら私は鬼灯さんに間違いを犯してないみたいだし。
いやだって、昨日の赤襦袢で爆睡する鬼灯さん、やたらとアブナイ雰囲気出てたから。色っぽかったから。
女の私よりも全然色っぽかったから……言ってて悲しくなってきた。どうせ絶壁な胸だよ悪いか。
それより、逆のことって。あれか。鬼灯さんが私にセクハラってか。
「いや、全然思いませんけど」
「一般的な女性なら…男と同じ部屋、しかも朝になったらその男の寝てた寝台の上で目を覚ました、なんてシチュエーション…自分の貞操を心配すると思います」
いやぁ、鬼灯さんみたいなイケメンで女の人選びたい放題な人が、並またはそれ以下の顔の私にそんなことするとは思えませんがね。
そう言いつつ、黒の着物に袖を通す鬼灯さんはきっと今日も仕事で忙しいのだろうか。
というか、そろそろ私も着替えたい。替えの下着がないのはとても困る。買い物に行かなければ。一人で行けるのかとかの問題はさておき。
「あの、鬼灯さん」
「はい?」
「鬼灯さんは今日もお仕事ですか?」
「いえ、今日はお休みをいただきました」
しゅ、と乾いた音をたてて帯を結ぶ鬼灯さんは、先に裁判所の方に顔を出した時閻魔大王と会ったらしい。そこでいきなりお休みの許可を出してきたとか。
「なんでですかね?」
「さぁ、あのジジイにも気がつかえるようになったってことですかね」
仮にも上司だけどその言い方はセーフなんだろうか。閻魔大王、下剋上に気を付けてくださいね。
しかし鬼灯さんのお休みは私にとってもありがたい。これで鬼灯さんに桃源郷へ連れてってもらえる。白澤さんと会えるし!
あと、買い物にも付き合ってもらいたい。いや、できることなら女性の方に付き合ってもらいたいけど、まだあの世に来てから女性の知り合いがいないし。
「じゃあ、桃源郷一緒に来てくれます!?」
「はい。私もアレに問いたださなければいけないことが、たくさんありますしね」
絶対問いただすだけじゃすまないよね知ってる。
流血沙汰になるかどうかはおいといて、白澤さんと念願の再会だ。再会って言っても会えなかった時期は一週間かそこら。それでも、やっと会えると思ってしまう。早く会いたい!
私がニヤニヤしてたのが露骨だったのか、頭上からひどく不機嫌そうな顔をした鬼灯さんが私を見下ろしていて、思わずにやけが苦笑いになる。
相変わらず怖いな鬼灯さん。
「……そんなに嬉しいですか」
「嬉しいですよ!」
鬼達が行き来する廊下を行き、鬼灯さんはすれ違うほとんどの人に挨拶されるので会釈で返しつつ、私に続きを促すようにじろりと一瞥した。
それを汲み取って、私も廊下の喧騒に負けないよう言う。
「現世で二人がいなくなっちゃったときから、ずっと会いたかったんですし」
「…実際会ってないのは一週間くらいでしょう」
「それでも、もうずっと会えないって思ってた人と会えるっていうのは嬉しいんですよ」
「………それは、なんとなくわかりますが」
そう言うと、鬼灯さんは顎に手を当てて首を傾げる。まぁ、現世でなければ「死」っていう永久的な別れはないし、あの世の住人にはわかりにくいものかもしれない。
私もつい最近までは地獄とかあの世とか信じてなかったしね。これから私が死に水をとる人達を見送る時、私は多分「またあの世で会えたらいいな」とか思うようになるんだろうか。
「鬼灯さんも、暫く会ってない人とかで…会いたいとか思う人いません?」
「……………。どうでしょう。普段そう思い返す暇さえ無い程忙しいので…」
そう聞けば、淡々と即答する鬼灯さん。
まぁ、そう聞いた私も想像できないけどね。鬼灯さんが会いたいとか思う人。ム○ゴロウさんとか?
大きな一つ目が付いた太い柱に「天国」「地獄」と書かれている。ここが境目らしく、この一つ目は監視らしい。もう、システムといい常識といい、現世の理にとらわれないでいかないと地獄ではやっていけないということが良くわかるわ。そういうものだと受け入れていかなければ辛い思いをするのは自分だよ私。
だから、さっきから向こうをうろついてるやたらと大きくて二足歩行してる馬と牛は無視しようよ私。目を合わせちゃだめだよ私。実は着ぐるみでしたなんてオチ、地獄じゃ期待できないんだってば!
必死に目線をひたすら前に固定し、大きな門を抜ければ一気に視界が開けた。
久しぶりに感じる、草を踏みしめる感触。あの世に来てから川辺と室内しか行ったことなかったから、なんだか妙に新鮮だ。
鬼灯さんの後をついていけば、ちらほらと建物が見える。中華街に来たような錯覚に、ここらの建物が中華風だということに気づかされた。
そういや、白澤さんも中国の妖怪だもんな。納得。
「鬼灯さんも、よく桃源郷に来るんですか?」
「用事が無い限り来ません。行きたくないので」
マジでブレない鬼灯さん。そんなに会いたくないのか。普段からどんだけいがみ合ってるんだよ。…現世で過ごしたあの日々は二人にとって随分辛かっただろうなぁと今更のように感じ、よく室内で乱闘騒ぎにならずにすんだと改めて思う。
マンションが無事で事を終えられたのは奇跡なんだろうか。そんなことを思っていたら、遠巻きに人影が見えた。
果樹園だろうか。そこで籠を背負い、木々の間を行ったり来たりしている人がいる。一瞬白澤さんかと思ったが、違う。白い服ではないのだ。それに、少し白澤さんに比べて背が低い気がする。いや、鬼灯さんと白澤さんの身長が高すぎるのであって、あの彼はきっと平均身長なはずだ。
その果樹園の傍に、洒落た建物が建っている。中華風なのは変わりないが、程よく装飾が施されているそこには「極楽満月」と書いてあった。
極楽満月。思い出した。
私の前から白澤さんが帰ってしまう時に言い残した言葉、極楽満月で待っていると、確かに言っていた。
ここに白澤さんが住んでるのか……お洒落だなぁ、白澤さん…早く会いたい。
その時、果樹園にいた人が私たちに気が付いた様でこちらを向き、小走りに駆けよって来た。この人も和装で、なんだか、室町時代とかが似合いそうな顔をしている。
いや実際、そういう時代の人がいてもおかしくないもんな、あの世じゃ。
「鬼灯さん?どうもこんにちは」
「どうも。白澤さんはいますか」
「ああ、いますよ」
どうやら知り合いらしい。そして「鬼灯さん」と呼んでいることから、この人は鬼とか獄卒とかの類ではないということが分かる。珍しいものを見るように、その人の視線が私へ移り、
「……この人は?」
「白澤さんから聞いてませんか?由夜さんです」
どうやら名前を聞いただけで思い当たる節があったらしい。その人は思いついたように「あぁこの人が!」と言う。え、ちょっと待って。何でそんな私の名前知れ渡ってんの?
「えっ、ていうか何故由夜さんがここに?まさか、亡くなってしまったとか…?」
「わかりません。彼女があの世に迷い込んできた際も、白装束ではありませんでしたしね」
「じゃあ亡くなったって線は薄いんスね」
「……あの鬼灯さん…」
この人は?と無言で訴えればとんでもない答えが返ってきた。
「由夜さん、この方がかの有名な桃太郎さんです」
ももたろう?
………待って、聞き間違い?
桃太郎ってあの桃太郎?桃から生まれた桃太郎?だよね?
あの世…天国にいるってことは、実在したってことか…あれ昔話、想像上の登場人物かと…いや想像上の生き物だったら神獣の白澤さんとか鬼の鬼灯さんも想像上の生き物になるけど桃太郎は――……
「……………………。」
「……ちょっと、鬼灯さん。由夜さん遠い目してますよ」
「順応能力の限界ですかね」
大丈夫ですかー、と目の前で桃太郎?さん?に手を振られて慌てて我に返る。
……あの世には、いままで私が物語の中の登場人物と思ってた人も住んでいる…これ重要。覚えておこう。
このまま行けば、きっとかぐや姫とか金太郎とかも存在するんだろう。もうなんでもありだなあの世。
「……えっと…桃太郎?さん?…よろしくお願いします…」
「あ、ハイこちらこそ…」
なんてぎくしゃくした挨拶を交わしていると、鬼灯さんが桃太郎さんについて補足をしてくれた。
「ちなみに、昨日会ったシロさん達は彼のお供だったんですよ」
「あああっなるほど!!」
そういや犬猿雉だもんな!と納得。どこかで見た組み合わせだとは思っていたのだが、そうか桃太郎か。
桃太郎さんも私があの三匹と知り合いなのが嬉しいらしく、
「由夜さんあいつらと会ったんスか!」
「会いました!シロちゃん可愛かった!!」
「シロは愛想いいからなぁ…柿助とルリオもいい奴ですよ」
「………由夜さん、そろそろ店主に会いにいってやったらどうですか」
鬼灯さんの冷たいツッコミを受け、自分がここに来ていたことの目的を忘れていることに気づかされた。危ない、危うく桃太郎さんと話し込むところだった。
白澤さんに会わなければ。
彼は驚くだろうか。それとも、やっぱり私があの世に来るよう術式を改変したのは白澤さんであって、驚きはしないで迎えてくれる可能性もある。
ぎぃ、と木製のドアが開けられ、日光のみが照らす室内が露わになる。
それと共に鼻を突く刺激臭。これは、薬品の臭いか。
壺や本やらが散乱し、壁にはなんだかよくわからないものが紐でくくられて吊り下げられている。あれらも薬になるんだろうか。蛇とかあるけど。
「……あれ、いませんね。さっきまでいたんですけど」
寝てるのかな、と言ってごちゃごちゃと物が散乱した床を器用に進んでいく桃太郎さん。
そのあとをついていくのがなんだか躊躇われて、鬼灯さんを振りかえれば、無言で片手の掌を見せた。
ついていけ、ということらしい。私も床の物を踏まないよう細心の注意を払って続き、ドアを開けて待ってくれている桃太郎さんの元へたどり着く。
「そこの部屋で…寝てるのかな」
白澤さんの自室だ、と言いうドアにも赤の装飾が細々と施されていて、それだけで値打ちがありそうな雰囲気がある。桃太郎さんがコンコンと小気味良い音をたててノックをした。
「白澤様、お客さんですよ」
「……………。」
返事が無い。どうしたのだろうか。桃太郎さんが困ったような呆れたような溜息を吐いている。どうやらこの様子からして、よくあることのようだ。
「現世から帰ってきたときからコレなんだよなぁ……」
「な、なんか元気ないとか?」
「いや、不貞腐れて寝てるだけっスよ多分」
そして、「どうぞ」と桃太郎君は私に入る事を進めてきた。いやいや、入っちゃっていいの、私。なんか恐れ多いし他人のプライベートにツッコんでしまいそうで嫌なんだけど。
そう言えば、桃太郎君は苦笑しつつ、
「由夜さんと会えなくて寂しかったのかもしれないし、会ってやって下さい」
不覚ながら、桃太郎君の言葉が嬉しかった。
寂しくなるほど、白澤さんが私のことを思ってくれているのはすごく嬉しい。
ここまで言われたならば、入る他あるまい。
私は意を決して、ドアノブへ手をかける。
ドアは音を立てることなく開き、中の様子がうかがえた。中華風の窓から光が入って入り、室内は電気を点けずとも明るい。
その窓の下、白い背中が丸まっていた。
白衣ではなく中華服。その見覚えのある背中は、私がこの部屋に一歩足を踏み入れたと同時にピクリと反応した。
そのまま寝台へ手を突き、ゆっくりと上体を起こしていく。
また一歩近づけば、乱れた黒髪と共に赤の耳飾りが揺れる。
幾度となく私を真摯に見つめ返してくれた金色と、目があった。
驚いたように丸められたそれ。
ぱちりと瞬きをした。それを合図としたように、何か言いかけた私の口から声が出る。
「白澤、さん――っ!」
言い終わるまでもなく、ぎゅうと苦しくなるほど抱きすくめられた。
いつの間に距離を詰めたのか、考えられないほど強い力で。しかし、微塵も乱暴だと感じさせない彼の腕の中は不思議だ。
胸板に押し付けられた為、白澤さんが息を深く吸い込んだのが直に伝わる。
なにか言われるのだろうか、と顔を上げれば眉を八の字にした、困り顔の白澤さんと視線が交わる。
「…由夜、ちゃん?…だよ、ね」
「は、はい」
「なんで……此処に…あぁもう、」
馬鹿な子だよ、と耳元で囁かれて。それは安堵しきった声音だ。更に包まれるようにして抱きすくめられ、いい加減息が詰まりそうになる。
中華服の裾をくいくいと引っ張れば、耳元でくすりと含み笑いが聞こえる。
「はは、前のこんな感じだったね…」
「……そう、でしたっけ…?ていうか苦しっ…!!」
「え、あぁっごめん!!」
なんとか伝わったようでぱっと白澤さんが拘束を解いてくれた。あぁ楽になった。
数歩分距離をとって息を整える私を白澤さんはジロジロと凝視しているらしい。視線を感じつつ息を整え、顔を上げれば案の定私を見つめる白澤さんがいた。
「………どうしたんです?」
「……由夜ちゃん、僕のこと、覚えてるんだよね」
白澤さんもやっと冷静な思考が戻ってきたらしく、そう言いつつ眉を顰めている。ひょっこり奥の部屋へお茶を淹れに入っていた桃太郎さんの姿が見えると、白澤さんが手招きをした。
「覚えてますよ。一回記憶消されましたけど」
「しょうがないんだよっ!ああするのが一番いい方法だったと僕も思ってたし何よりあいつが」
「あいつが?」
復唱と共に飛んできた金棒のフルスイングによって、白澤さんはまたも自室へ出戻ることとなった(強制)。
ガッシャーン!という派手な音だけが聞こえ、いつの間にか背後に立っていた鬼灯さんに寒気を感じる。
「ほ、鬼灯さん!?」
「話が終わったみたいだったので、当初の目的を果たしに」
「さては白澤さん殴るためだけについてきましたね!?私の護衛とは名目で!!」
「バレましたか」
「開き直らないで下さいよあざとい!!」
「あんたら少しは白澤様のこと気にしてやって下さいよ!!」
大丈夫ですかー!!と叫びつつ白澤さんへ駆け寄る桃太郎さんの背中には、なんだかとても苦労人の雰囲気が漂っていた。
結局あれだけの打撃を喰らっても割と平気そうな白澤さんを交えて、極楽満月の席へ案内された。
「単刀直入に聞きますが白澤さん。貴方、由夜さんに何か妙な術式加えたんじゃないだろうな」
そう敬語を捨てた鬼灯さんが言えば、勢いよく机に中国茶を叩きつけた白澤さんが抗議する。白い椀の注がれた琥珀色が大きく波打ったがこぼれることはなかった。
「そんなことする訳ないだろ!由夜ちゃんの為を思っての記憶改竄なんだし、誰が余計なことするか!」
「しかし実際彼女はこうして私たちと共有した記憶を取り戻していますよ」
「そ、れは…」
ぐ、と言い詰まった白澤さんは、耳飾りをくるりと弄った後、私の方へと目を向ける。
「……わからないよ」
降参したように呟かれた言葉に、鬼灯さんが情け容赦なく追及する。
「万物を知る神獣がわからないと?」
「本当だよ。嘘じゃない……悔しいけど」
一方、私はともかく桃太郎さんは完全に蚊帳の外だ。まぁ現世のいざこざも知らない彼だし。全然かまわないのだろうが。やたらと室内にいるウサギを構っている桃太郎君を羨まし気に眺めていれば、唐突に私に話題が振られた。
「由夜ちゃんは、なんで僕達のこと思い出したの?」
それに答える前に、にゃあ、と猫の声。
私たちが一斉にその方向へ目をやれば、この前の鬼灯さんの部屋の時のように、極楽満月の入口から除く猫好好ちゃん。
ついてきたのだろうか。私が慌てて駆け寄って手を差し伸べれば、相変わらずブルブルとしたおぼつかない足取りでこちらへやってきて手の上におさまる。
…あれ、また小さくなったか?
「…由夜ちゃん、それ……」
「ほら、猫好好ちゃんですよ白澤さん!この前描いてくれた!」
そう言えば、瞠目した白澤さんが鬼灯さんへ目配せする。鬼灯さんは仏頂面で首を僅かに傾けたのみだ。
私が白澤さんに猫好好ちゃんを持って近づけば、いきなりぱっと猫好好ちゃんが私の手から逃げ出した。
そして白澤さんの掌へ飛び込むと、ボンッと音をたてて白い煙と共に消えたのだ。
それらを眺めていると、ぽつりと白澤さんが静寂の中言葉を漏らした。
「……これ、本当にこの前現世で僕が描いたやつ?」
「はい、この子の御陰で全部私思い出したんです」
鬼灯さんに話したように、白澤さん達が帰った後の経緯を話せば、白澤さんも聞き入ってくれた。一通り離し終えれば、溜息のように「なるほどね」と呟く。
「…僕が描いた絵が、一週間以上消えないなんてありえないよ」
「…やっぱりそうなんですか」
「うん。だからソレが今日まで動いてる原因は――やっぱり由夜ちゃんなのかもね」
え、と呆けた声をだした私を他所に、白澤さんは猫好好ちゃんが私の霊感的な力に依存して動いていたのかもしれない、と簡潔に説明してくれた。
鬼灯さんは相変わらず不機嫌な顔のまま。その説明を聞き終わると、
「…あなたが手を加えていないとなると、記憶を取り戻したことも、その絵が消えずに動き続けていることも、こちらの世にやってきたことも――全て由夜さんが起こしたこととなりますね」
「そうだね。」
……結局、白澤さんはやっぱり私に余計な術式はかけていなかった。疑いが晴れたのは嬉しいけど、これら全てが私自身の力でやったことになるとそれもそれで困る。
どんどん人外化していくよ、私。うわぁ笑えない。
「でも、夢みたいだね。こうやってまた由夜ちゃんと会えるの」
そう言って、白澤さんが向かいから手を伸ばし、私の頭を撫でてくれた。
その手は変わらず優しくて、私もつくづくまた会えてよかったと心から思う。
鬼灯さんと白澤さんと会えて、本当に良かった。
…やば、買い物のこと忘れてた。