夢2 | ナノ


▼ 8.人ぞなき 


土臭さで目を覚ました。
ひゅっと息を吸いこむなり口の中に入り込んできた砂。思わずむせ返ってから、涙目になりつつあたりを見回す。
視界の端々に黒い何かが映り込む。どれも微動だにして動かないそれらの他にはなにも見えない。
やっとしっかり見えるようになった目で確かめれば、それは朽木だった。
枯れ果ててもう緑の欠片も残さないそれらばかりの荒地。ごうと吹いた風が乾ききった地面の砂を巻き上げる。水の気配はどこにも感じられないそこに、いつものごとく私は倒れていた。


8.人ぞなき 


(またこのパターンか…)

どうやらあの世とこの世を跨いでも、私はこの不思議な夢の世界へトリップする宿命らしい。
もうこの展開にも落ち着いたもんで、私はすっかり砂だらけになった洋服を払って体が動くことを確かめつつ上体を起こす。特に問題なく五体満足だ。とりあえず安心。
そしてお香さんから借りた寝巻きの浴衣を着て寝ていたはずなのに、今は白のワンピースだ。もう突っ込まないよ、うん。

とりあえず、寝る前の記憶を手繰ることにする。ええとたしか、鬼灯さんは地獄で亡者が脱走したとかなんとかで先に戻っちゃったから、今日だけ白澤さんの家である極楽満月に泊まらせてもらうことになったんだよな。
そんでそのあとは美味しい薬膳鍋を作ってもらって、白澤さんと桃太郎さんとうさぎさんたちと一緒に夜ご飯を食べたんだ。で、そのまま温泉に入って、寝たんだっけ。白澤さんのベッドで。
ちなみに桃太郎さんは白澤さんから「一寸法師くんの所泊りに行ってて」としきりに言われていた。しかしやはりいい人桃太郎さん、

「オレが泊りに行ったら由夜さんになにしでかすかわかったもんじゃないでしょう、アンタ」

と一刀両断。桃太郎さんが神に見えた。その後文句をたれる白澤さんをシカトして「由夜さん、なにかされたらすぐ知らせてくださいね」と言ってくれた彼に土下座してもいいくらいだ。それほど感謝してる。

「桃タローくん空気読んでよ、ここは察して一寸法師くんのところに素直に泊まりに行く流れだろ」

「それでアンタが由夜さんに手ぇ出したら、鬼灯さんにオレまで監督不行き届きでシメられるんですからね」

そんなやりとりを思い出し、桃太郎さんに感謝しつつ眠ったんだっけ。そういえば言われるがままに白澤さんのベッドで寝ちゃったけど、白澤さんは一体どこで寝たんだろうか。

そんなことをぼんやり思い出しつつ、あてもなく何もない荒地をぶらぶらと歩く。
ふと思い立って、側に傾く枯れ木を手のひらで擦ってみればぼろりと木の皮が剥がれ落ちた。
僅かに残ったかけらを二本指で擦り合わせれば、たちまちかさかさの粉状になって風に持って行かれて消えてしまった。

(随分長いこと雨、降ってないんだろうな)

緑の気配が一切ない荒地は、なんだか歩いているだけで疲れる。だからといって木々が生い茂る森の中をさまよい歩きたいかと言われればもちろんNOなんだけれど。

しかし、以前きた時と同じ場所に毎回来ているとすれば、この土地は(おそらく)ここ数日で随分荒れてしまったんだなと思う。前回丁くんと会ったとき、私は「久しぶり」って言ったんだけど彼は「それほど日がたってない」と言っていた気がするし。
そして今日も今日とて薄暗い。正確に何時であるかは分からないが、目が覚めるまでそう時間も残っていないだろう。

まぁ来てしまったのならばしょうがない、ポジティブに考えよう私。また丁君に会えるぞ。前回はなんだかうやむやで別れちゃったし、今度こそなでなでしてあげるんだ、うん。
どう言うわけか、彼に触れられない自分の体を憎らしく思う。腕をじろじろと眺めて指を片手で引っ張ってみるが、ちゃんと感覚はある。
なんで丁君に触れようとするとすっとすり抜けちゃうのかなぁ。

悩んでも解決しそうにないけど、しかし悩まざるをえない。眉をひそめてぽつぽつと歩いていれば、不意にざっと地面を擦る音が聞こえた。

今まで自分の腕しか見ていなかったので気付けなかったらしい。ばっと顔をあげて音のした方を見つめる。丁君かな!

「なんだィ、アンタ」

……という希望は見事に打ち砕かれました。
目の前に立っているのは大人。しわがれた声、不精ヒゲを生やし、ひと目でしばらく風呂に入っていないとわかるボサボサ頭のおじさんだ。そしてなにより細い。きちんと食べ物を食べていないのが貧相な衣服越しでもわかる。

(…とか、分析してる場合じゃないって!!)

以前丁君に言われた言葉を思い出す。この村に住んでいる人々に今の私の姿(主に時代に合わない服装)が見られてしまったら、売り飛ばされてしまうか化物や妖怪の類だと言って殺されてしまうかもしれないと。

(やばい)

逃げないと。夢(おそらく)の中で殺されたら死ぬのかとか、地獄と天国に居候している身が殺されて死ぬのか色々突っ込みたいところは山とあるけどとにかく結論は「痛い目に遭うのは嫌だ」に尽きる。

しかしいざとなったら足が動かないもんで。

ばっちり対するオッサンと目が合っている。

「どこのもんだ、というか、人間か」

たどたどしく紡がれる言葉の最後は若干上ずっていた。目尻が細かく痙攣しているのが目立つ。おそらく、警戒を通り越して恐怖まで抱かれている。
これ以上刺激してはいけない。それこそ妖怪かなにかと間違われてしまったら十中八九捕まるか殺されるか…とはいえ人間だと主張してもどちらにせよ捕まって売られてしまうかもしれない。

どうしよう。

そこでふと思いつく。
そうだ、ならばいっそ大法螺吹いてやればいい。手を出そうと思わせないような大法螺だ。
私を見てわなわなと震えるオジサンは今にも「化物だ」とか叫び出しそうな雰囲気である。まぁこんな時代に真っ白なワンピース着てふらふらしる女見たらそりゃあ怪しい通り越しても仕方ないよな。
ついでに私は髪の少し染めて焦げ茶色なので、黒髪ばかりのこの時代では見慣れないだろう。異質の塊みたいなもんだな私。

そんな様子のオジサンを見据え、私は覚悟を決めて息を吸い込む。ひゅっと息が鳴り、それだけでオジサンはびくりと震えた。
そして、心の内で用意していた台詞をできるだけ声を張り上げて響かせた。

「私は…っ、この土地に住んでいる土地神だ!頭が高いぞ、そこの男!!」

やばい、頬ひきつってる。私の。

若干声が裏返った気がする。しかし、言ってしまったからにはしょうがない。
そう、妖怪やらなんやらに間違われるくらい異質な格好ならばいっそ神だなんだと言ってしまえばいいんだ。上手く騙されてくれれば、村人手出しもしてこないしいっそ歓迎されるかもしれない。
という考えだったのだが。

しん、としばし無言の時間があった。響くのは風が吹く音のみで、その間オジサンは目を見開いたまま私を凝視していた。額にはじわりと汗がにじんでいるのも見てとれる。
ついでに私も冷や汗がすごい。手汗がすごいことになっている。

お願い神様うまくいって。今神様の名前を借りた私が言うのもなんだけど。

「………、か」

とても長く続いたと思われる無言の時間の後。絞り出したようなかすれた声がたしかに私の耳に届いた。
ごくりと溜まった唾をゆっくり嚥下した後、目の前のオジサンが唐突に、

「…ッ!申し訳ありません土地神様!!私の無礼をどうかお許しくださいませッ!!」

ガツンと音が響くのではと思われる勢いでオジサンが地面にひれ伏し頭を打ち付けた。土埃が舞い、思わず勢いにやられて呆けた声を出してしまった気もする。
どうかお許しを、お許しをと何度も繰り返し乾いた地面に頭を擦り付けるオジサンがそろそろ見るに耐えなくなってきたのでストップをかけておく。

なにはともあれ、上手く騙せたらしい。なんかちょろかったな。

「もうよい、立ってくださ…立ちなさい」

「は、はッ!あなた様の広き御心に感謝」

「もういいですって!」

今度は感謝だなんだと言って未だ地面と仲良しこよししているのだからどうしようもない。無限ループじゃないのかこれ。
半ば怒鳴る勢いで泥だらけのオッサンの顔を上げさせ、落ち着いた頃合を見計らって声をかける。

「あな…お前。」

「はっ!」

「私は気まぐれでこの地へ降りたのみ、私の姿を見たことは誰にも言わないでくだ…おきなさい」

「はっ!しかし、土地神様!!」

このノリ疲れるな、早いこと夢から覚めたいと思いつつそんなことを偉そうに語っていれば、またも地面に頭をつけたオジサンが言いにくそうに顔を伏せて続けた。もう止めなくてもいいんじゃないかと思えてきたのでストップはかけない。
続きを言うように促せば、もごもごと何かを言いかけた後意を決したように声を大にして言い放った。

「恐れながら…この村の土地はこの有様、あなた様のお力でもってしてどうにか雨をお恵みください!!」

「えっ」

そうきたか、困ったな。
うん、まぁ適当な事やって誤魔化して「あと数日後に降るよ」とでも言っておけばいいだろう。どうせ日の出とともに夢から覚めるだろうし。

困り顔のオジサンを尻目に考え込んでいると、オジサンはさらに距離を詰めてきた。ちょ、勘弁してくれ。

「土地神さま!!何卒!!」

「分かりました分かりましたよ、考えておく」

「もうすでにうちの村から生贄も出しております、雨がないとうちの村はもう…」

「生贄?」

そっか、この時代はそういうもんなんだろうなぁ。残酷な時代もあったもんだ。
どんな形で生贄をだしたのかは知らないが、自然と眉をひそめてしまう。周りの人達はそれで解決かもしれないけど、生贄にされた人はたまったもんじゃないよなぁ。

危機を免れたはいいものの、なんだか下手に嘘を吐いたせいでややこしくなってきた。私は重々しくため息をついた後、足元のオジサンへ声をかけておく。

「生贄なんていらないから…ああもう、私のことは放っていて」

「何をおっしゃる、これから村のもの総出で祭りをはじめ、あなた様を歓迎いたします!!」

「ちょ、待って待って」

そういうのほんといらない!私ははやく目を覚ましたいんだ、欲を言うならば丁君の顔をこそっと見てから帰りたいんだ!

「お気に召しませんか、土地神様がいらっしゃったとなると村の者の陰鬱な顔も晴れましょう、ささ」

そんな私のやんわりとした断りも虚しく、オジサンは手は引かずとも村の方向を指差して笑う。勘弁してくれ。
しかしここで断りを入れてふらふらしていたら、怪しまれないかな。このオジサンが私と分かれた後村へ戻ったら間違いなく私のことを村人に話すだろう。「土地神様にお会いした」とか言って。もしかしたらそれを聞いた人々に追い掛け回されるかもしれない。一目見たいとか言って…ああ、現世でこんな事言われたかったなぁ、はは。

仕方ない、消えるまで付き合うか…と諦め、素直に肯けばオジサンが嬉々として村への道を案内し始めた。
なんだか嘘ついたのが申し訳なくなってくるな、ここまで騙されやすいと…ごめんねおじさん。
道中、私は黙りこくっていたのだがオジサンの口が止まらない。なぜそこまで話題があるのかと文句を言いたい程に止まらない。私は私で曖昧な返事を返すばかりなんだけど。

「土地神さまはお美しいお召し物を…この世にこれほど見事な白があるとは」

「どうも」

そりゃあこの時代のものじゃありませんから。

「天界の方々は皆こんな見事なものを身にまとっていらっしゃるのか…」

「そうですね」

私の知ってる天国に住む神様は白衣着てますしね。

そして思いつくことがあったので、私は少し先を行くオジサンに届くよう少し声をあげて聞いてみた。
後々思えば、聞かなければ良かったんだけど。



「…えと、お前は丁君って知ってるか?」

まだ小さいこどもなんだけど、と付け足して。言葉を模索して聞いた瞬間、おじさんはゆっくりと私を振り返った。不可思議そうな顔をしている。
あれ、この村の子供だと思ってたんだけど違うのかな。
私も同じように眉をひそめたのがわかったのか、おじさんは慌てて笑顔を貼り付けた後続けた。

「土地神様、今年生贄をご存知ないのですか?」

「は?」

「いえ、ですから幾日か前に捧げた生贄で御座いますよ。夜半に儀式も行いましたが…」

ひっそりと嫌な予感を感じた。それは雨が来る前触れのようなそれで、肌にまとわり付く湿気のような悪寒だ。
続きを聞いてはいけない気がする。

「生贄?…儀式?」

ですから、と丁寧に言葉を区切った後地響きのような暗い声が私の耳に響き渡った。

「あなた様のおっしゃる丁は、数日前の雨乞いの儀式に捧げられた生贄の子の名でございます」





「嘘でしょ」

咄嗟に目の前のおじさんに掴みかかった。しかし不思議なことに、以前丁君の頭を撫でようとしてすり抜けてしまったように、今回もおじさんの胸ぐらを掴むことは叶わずすり抜けてしまった。
それをみたおじさんがひぃ、と情けない声を上げ尻餅をつく。そのまま後退しけかけるのを追いかけるように詰め寄り、衝動のまま声を荒らげた。

「生贄?丁君が?!なんで!?」

「も、申し訳ございませんッ…!」

またもひたすらに頭を地面につけるそれを無視して顔を上げるよう怒鳴る。ああ、おじさんの体を捕まえられないのが酷く煩わしい。勢いのまま飛びついてやりたいのに。
理由をきいているんだと声を張り上げれば、おじさんは地面に突っ伏したままぼそぼそと話し出す。

「私の村はもう貧相で…若い女は少ないのです。これ以上女手を減らすわけにも行かない。そこで子供を出すことに決めたのです、あれは孤児ゆえ、ちょうど良いと…」

「…ふざけないで!!」

絞った声を吐き出せば、紙を引き裂いたような声が出た。おじさんが恐怖かまたはその他の何かで顔を曇らせる前に、突っかかる勢いで「今どこにいるの、丁君」と問いただせば震えた声で「あっちに」と返ってきた。指さした方向に何のためらいもなく走り出す。
まだ死んでない、まだ大丈夫だ。

枯れた地面を走った、いつか悪霊に追いかけらた時のように必死に。
未だ私の体が消えていないところを見ると、日の出はまだたしい。心なしか曇り始めた空に不安を覚えつつ、私はひたすらに走る。
はやく、はやく助けてあげないと。

走っていると同時に納得がいった。二度目に丁君に会った時の彼の格好を思い出す。白装束に頭の飾り。たしかに、生贄の格好といえばうなずけるそれだ。
その格好を見て、私はなんと言ったか。「お洒落だね」と笑った過去の自分を思い出し、馬鹿、と吐き捨てる。
そして丁君が三日後に儀式があると言っていた。それに参加する、とも。

(丁君)

馬鹿、何も知らないでまた会えたら、なんて言った私を殴りたい。彼はどんな気持ちで私と話していたんだろう。申し訳ない気持ちと己への怒りが混ざり合い、走りながら噎せ返りそうだった。

息が辛く、足がいうことをきかなくなってなってきたあたりだった。
ひたすらに風景の変わらない場所を走っていたのだが、ふと開けたところへ出た。枯れ木が集中している。緑がある頃はさぞ美しい林だったのだろうが、今となっては最早虚しさを煽るのみだった。

そこに、場違いな木製の祭壇があった。ぽつんと置かれたそれらの周りには、白かったであろう飾り紐やらなにやらが絡まっていて砂にまみれている。
走っていた足が徐々に遅くなる。息を荒げたまま、祭壇に手をついて体を支え、裏手に回った。

そこに、見覚えのある後ろ姿があった。
枯れた地面に身を横たえた小さい彼だ。

「……!丁君!!」

咄嗟に走り寄り、体を抱え起こそうとして――できなかった。
すか、と体を擦りぬける私の手。何度やっても、私の手はこの小さな体を支えることは愚か触ることさえ出来ない。

「丁君、しっかりして…!」

見ただけでわかる、やせ細っていた。何も食べていないんだ、当たり前のことだ。雨が降っていないのだから、水もきっと飲んでない。

耳元で喚き散らしたからかどうなのか、閉じられた瞼がひくりと痙攣した。
じわりと開かれた瞳に安堵したのも一瞬、彼の漆黒の瞳には光がない。生きる覇気というものが感じられなかった。
ゆっくりと瞬きし、ひどく辛そうにこちらへ首を傾けた。疲れきったように息をつけば、すぐそこの地面の砂が吐息で少し巻き上がる。

「よかった、丁君、」

「……あなたは」

掠れ切った声、以前に聞いた声とはまるで別物のそれ。心の臓に染み込んだその声音に、思わず堪えていた涙が溢れ出した。
そう、なにも良くないんだ。きっと彼はこのまま死んでしまう。

「待ってね、助けるから」

わかっているのにそんな言葉を嗚咽と共に吐き出して、彼の体を抱えようとする自分がいる。無理だ、触れもしないというのにどうやって助けるなど、と頭の冷静な部分が訴える。

「……むりですよ」

「助けるよ、絶対」

「もうじきに私は死にます」

死ぬ、という言葉が深く突き立った。
抱き上げようと、彼の体に縋った手は虚しく地面を掻いていた。指跡を残してだけのそれを止めてしまった。
どことも知れない虚空を見つめていた彼の瞳が、じっと私にあてられた。

「私は運や神に見放されていると思っていましたが…最期の最期でやっと恵まれた」

胸が弱々しく上下している。砂をかぶった体は動かず、瞳を動かすだけで精一杯の小さな子供。

「最後なんていわないでよ、今度会った時頭撫でさせてって言ったのに」

「ひとりで…死ぬことがなくて、良かった」

震える手が、そっと私の視界に入ってきた。彼の顔を見れば、黒い瞳はしかと私を見据えている。

「あなたと最期に出会えて、良かった」

体を抱き起こそうと何度目かしれない腕を伸ばした。小さな手をつかもうと、手を伸ばした。

「あなたと出会えて良かった」

すっと霧を掴むように、どちらも叶わなかった。
私の手に、冷たい何かを感じた。

それと同時に、震える手はゆるりと傾く。私を最後まで見つめていた一対の瞳がゆるゆると閉じていく。
最期に見た彼の口元は、柔く笑っていた。


「また、あの世でお会いできたら」


***



ぱた、と乾いた音が響いた。

温かい小さな手が、今私の中にある。
そっと頭の後ろに手をさしれて、そっと起こしてみる。力が抜け切った小さな体は驚く程軽かった。

まだ、温かい。
しかし、もう温かくなることは決してない。

ぽつぽつと冷たい水滴が上から降ってきた。それは私の手、彼の頬、枯れ切った地面を濡らし、やがては吐き出されたかのような土砂降りとなっていく。

小さな体をゆっくりと抱きしめる。壊れてしまうのではないかというほど強く抱きしめ、汚れた黒髪をそっと撫で付けた。

遠くの方で歓声が聞こえた。きっと、雨が降り出したことを喜ぶ村人たちのものだろう。

「ああ、」

初めて触れたこの体は、もう温かくない。

「あ、あああ―、―――。」

冷えたそれを抱いて、空に向かってに泣いた。涙がなくなるまで泣いてやろうと思った。










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