最初から分かってた。彼に好きな人がいることも、結ばれないことも。別に付き合いたいとまでは思っていなかったけれど、確かに好きだったんだ。鼻が勝手に覚えた彼の香水の匂いがまだ残っている教室の隅で一人小さくうずくまる。

「っう、ううっ……」  

 今まで我慢していた涙が溢れて止まりそうにない。誰もいない放課後。声を殺して静かに泣いている私の姿は誰にも見えない。……はずだった。

「……」

 あの匂いがふわっと漂い、ぽん、と頭に手が置かれる。見上げてみるとそこには大好きだった彼ではなく、腐れ縁のアイツ。

「なんだ。摂津くんか」
「……アイツかと思った? 残念。俺でした」

 困った笑みを浮かべた摂津くんが、どう言っていいかわからない。そんな顔で見つめていた。摂津くんの瞳には私の不細工な泣き顔が映っている。

「……なぁ、さくらにとってこの匂いはアイツの匂いなんだろ?」
「うん」

 忘れたくても忘れられない。それが本音。

「……なら、この匂いは俺のだってなるまで側に居させてくんね?」
「えっ?!」

 ふっと目を細めて慈しむような瞳と視線が絡まる。

「俺じゃだめ? アイツよりお前を泣かせねぇ自信ならあるけど?」

涙をそっとぬぐった指がそのまま頬を撫でる。

「……そういうの、狡いよ」

 瞳に映る私の顔には控えめな笑顔が浮かんでいた。

そういうの、狡いよ。




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