「マドンナちゃん」
いつもの調子でそう呼べば、長い亜麻色を靡かせて華奢な背中が振り返る。
「白銀先輩!」
「やあやあご機嫌麗わしゅう」
すいと白い手を取ってリップノイズを響かせれば、途端に頬が赤く染まる。
こんなやり取りを繰り返して久しい最近、言葉こそ手慣れた返しをするようになったものの表情は変わらず素直だ。
「今日は君に贈り物を届けに来たよ」
「?」
「はい、手ぇ出して」
クエスチョンマークを浮かべたまま差し出される手のひらに白い封筒を。
「開けてごらん」
促せば、細い指先がそれを掴む。
「写真…」
「そ、君が入学したての頃のやつね。渡しそびれちゃってたから」
「…ありがとう、ございます」
浸透していくように広がる笑みは彼女が手にした写真に写るそれによく似ていた。鮮やかな色も強烈な眩しさもない、あどけないとすら感じるはにかんだ表情。
そこに微かな温度が宿ったのは、それに気付いたのは、一体いつだったんだろう。
「……白銀先輩?」
優しくぶつけられる声が、沈みかけた意識を引き戻す。
きょとり首を傾げるその様は幼く、視線はあまりに真っ直ぐ過ぎるものだから苦い笑いが口角を上げた。
「んーん、何でもないよ」
宥めるように低い頭を撫でれば、途端に安堵したように細められる瞳が眩しい。じりじりと焼かれ、焦げていくようだ。
逸らしてしまいたいのに縛られたように動けない。見つめていたい、だなんて。
「もう、二年経つんですね…」
「本当にねぇ。正に光陰矢の如し、諸行無常ってやつだねぇ」
「…白銀先輩と話してると、言葉遊びをしている気分になります」
「新聞部だもの、言葉を操れてなんぼでしょ?」
まあ、それを言うなら君の所の俺様生徒会長様や番長の方が長けているかもしれないけどね。
細い指先が写真を撫でる。それがあんまり優しくて、まるで宝物みたいな触り方だからついからかいたくなるのに。
「…なーに、そんなに気に入っちゃった?」
「!」
弾かれたように上がった顔を染める赤は、この子の熱が生んだもの。普段は健康的な白さを見せるそこに乗せられた色が、耳元にまで走る。
「うん、なぁに?」
我ながら意地が悪い。
口角が上がってニヤけてるのは自覚している、だけどどうにも下がらないんだ。
「………写真として綺麗だと思ったんです。私は自分がこんな顔をすることも、自分がいる場所がこんな風に切り取られることも知りませんでした」
ぽつり、ぽつりと落っことされる言葉に、また頬が緩む。
同時に、胸の奥にひりついた痛み。乾いて擦れてしまったような、雪の中突っ込んで霜焼けになってしまったような、滲むような痛みが息をしていた。
ああ、やってしまった。自分でつついておきながら、出て来た表情をおそれてる。
遮るように、カメラを構えた。
「…ありがとうね、マドンナちゃん」
目を逸らして喉を焼いて声を掠れさせて、点りそうな火はその種ごと握り潰してしまおう。
それがどんなに冷たくても、どんなに寒くあったとしても。
「さて、マドンナちゃん。今日も一枚良いかな?」
君に色をあげるのは俺じゃない。
染めるのも暖めてやるのも、この手じゃ無理だ。
俺には傷しかあげられないよ
遷替観測