単純に、『たった一人の女の子』って存在がどんなものなのか興味があっただけ。いくら星が好きって言ったって、こんな男子ばっかの学校に来るなんてどんな奴なのか気になった。
特別でも何でもない、ただの好奇心だった。



「…はあぁぁぁ」
「相談があるとか呼び出して盛大なため息ついてんじゃねぇよ」
「ヒドイ!犬飼ヒドイ!」
「はいはい、で。今回は何だって?」
「…わかんない」
「はぁ?」

初めて夜久を見た時は、子供の頃好きだった絵本のお姫様みたいだと思った。長い髪と白い肌と、きらきらふわふわした雰囲気。少しでも近付きたくて、弓道部に入ったのは高一の春。
いざ話してみれば夜久は、明るく優しい一生懸命な普通の女の子だった。大口開けてバカ笑いだってするし、ご飯だってたくさん食べる。だけど幻滅するどころか俺は、ますます彼女に恋をして

「あだっ」
「とりあえず状況を話せ状況を。一人で回想に耽ってんじゃねぇよ」
「うぅ…」

容赦のないチョップに抱えた頭が、別の理由でズキズキ痛む。浮かぶのは昨日の夜、膝を抱えて座ってたあいつの横顔。

「昨日、いつも通り仕事終わって帰ったんだけど」
「おう」
「リビングのドア開けたらもう何かのスイッチ入ってた」
「………はあ?」

リビングの床に膝を抱えて、ソファに背中を預けてテレビを見る横顔。玄関のドアを開けた時点で何かヤな予感はしてたんだ、だっていつもなら俺より早く帰った日は出迎えてくれる。
トドメは、リビングに入った俺に一瞬たりとも向かない視線。

『た、ただいま…』
『……………』
『今日、早かったんだな』
『……………』
『…ど、どうしたの?』
『……………………別に』

自慢じゃないが、俺はよく怒られる。自覚してるポカから身に覚えのないちっちゃなことまで、そりゃもう沢山。
いや、怒られるっていうよりも怒らせるって言った方が正しいかもしれない。それくらい俺は、あいつとぶつかってばっかりだ。

「その後もお土産にプリン買って来たから一緒に食べようって言ったら『いらない』とか言われるし一回もこっち見てくんなかったし…!!」
「…何か久々にデカいの来てんな」
「そりゃ俺は完璧じゃないし!?例の如くまた何かやらかしたのかと色々考えてみたけど浮かばないし、下手に言っても薮蛇になるし…」
「お前空気読めねぇもんなぁ」
「ヒドイ!犬飼ヒドイ!!」

大好きで仕方なかったから思いきって告白して、奇跡のイエスをもらって付き合い出して。ちっちゃいケンカや危機に何回もぶつかりながら、同棲を始めたのが半年前のこと。
生活を共にすれば、いろんな顔が見えて来るのは当たり前で。あいつの場合は不機嫌のスイッチが日常のいろんな場所に隠れていたのだ。

「…何かをして欲しい買って欲しい、みたいな我儘はほとんど言わないんだけどさ」
「その代わり気付くと不機嫌になってる、っていうな」
「ああもう俺ホント何したんだろ…」
「毎回お前もよく付き合うよなぁ」
「へ?」
「方法が違うだけで我儘には変わらないだろ。それに毎回よく付き合ってんなぁと。…まあそれは毎回お前に呼び出される俺もだけどな」
「…それは悪いと思ってる。けど、」

確かに最初は戸惑った。もちろん同棲を始める前からちょこちょこ怒らせてはいたけど、暮らし始めた途端に倍増するなんて思わなかったし。
だけどそこで引かないで、こぼされる言葉をちゃんと拾っていけば、見えて来るものがある。
自信がないこと、いつも不安なこと。
女子が自分一人っていう特殊な環境でスタートした関係だから、世界が広がったらもっと良い子を見つけるんじゃないか、って。そんなこと、絶対ないのに。

「そもそもさ、そういう風に我儘を言わないっていうか…言えないようにしてたのは、俺らだろうし」

少なからず、俺はあの子に『お姫様』を夢見てた。いや、当時は学園の九割近くが何らかの理想像を見出だして押し付けていただろう。

「だから俺、毎回めちゃくちゃ困るけど、どっか嬉しいんだ。あいつが無理しないで済む相手になれたんだなー、って思えるし」

泣かせたくないし、怒ってるより笑ってて欲しい。だけど笑顔だけが好きな訳じゃないし、全部知りたいって本気で思うから。

「へーへー男前になりましたねぇ白鳥君は」
「茶化すなよなぁ!」
「バーカ、茶化してねぇよ。ちゃんと解ってんじゃん、重要なトコ」
「…うん」
「さっさと土下座でも何でもして仲直りしてアレも渡しちまえよ」

ポケットの中、指先にコツンと当たる小さな箱。これを買ったのは土曜の夜だけど、部屋の中には置いておけないからとりあえずの避難場所がここだった。

「………あ」
「あ?」
「原因、これかも」

あの日は珍しく休日出勤が入って、あいつは部屋で俺を待ってた。仕事が早く終わった俺は真っ直ぐ帰らずにこれを選びに街へ出掛けたんだ―――あいつに何の、連絡もしないで。

「…白鳥」
「っ俺、帰る!」
「おう。そんでスライディング土下座でも何でもして来いや」
「犬飼、ありがと!」
「おー」



早く、はやく帰らなきゃ。
まだろくに口を聞いてもらえなくても、真っ直ぐこっちを向いてもらえないまんまでも。
いま手を離しちゃ、いけない。



「ただいま!!」
「……………」
「あの、俺っ」
「……………」
「ごめん!本っ当に、ごめん!!」
「………何が?」
「土曜日、折角待っててくれたのに、その、何の連絡もっしないで…」

走って来たせいで息がきれてる。ちゃんと伝えたいのに言葉が途切れて、何かすっげぇみっともない。

「仕事終わった後に一緒にいた奴、男だから!!ていうか犬飼だから、」
「…すっごい汗。」
「へ」

ふわ、って。笑いながら伸ばされた指が額にはりつく前髪をよけて、いつの間にか出されてたちっちゃいタオルで優しく汗を拭いてくれる。

「走って来たの?」
「…うん」
「やだもう、泣きそうな顔」
「だって、」
「…いっぱい言ってやろうと思ってたのに、もう」

ごめんね、って唇が動きかけたから思わず大きな声でストップをかけた。
もちろん仲直りはしたいけど、きちんと説明して、それで解って欲しいから。

「うあ、あの、ごめん、」
「…うん。何か、言いたいこと、あるの?」

ぽかんとした顔で、その癖おずおずと俺の裾を握る手は小さくふるえてる。
あーあ俺、また誤解させてる。別れ話なんかじゃないのに、不安そうな目が俺を映してた。

「…あのね。」
「………はい」
「まず、土曜日は本当にごめんなさい。俺、ちょっと浮かれてた」
「……?うん」
「あっ別に犬飼と会うからとかじゃないから!!有り得ないし!!」
「………うん」

やっちまった。緊張するとバカな方向に突っ走りたくなる癖が全開とか、何してんだよ。
逃げてる場合じゃないぞ、俺。

「えー…実は、これを選びに出掛けてました」
「……………え」

ポケットから箱を出して、ゆっくり慎重に開く。走ったから台座から外れてたりとかしたらどうしよう、それだけは避けたい。ちらっと見たら大丈夫そうで、一安心。

「…あの、これ、」

驚かせたくて内緒になんてしなきゃ、こんなケンカもなかったのかな。大好きなのに傷つけて、泣かせて。本当はもっとムードのあるシチュエーションでスマートに、なんて考えてたのも全部パァだ。
だけどこれが俺達らしいのかもって、俺はそうも思う。

「白鳥弥彦。一生に一度、一世一代の告白をします」

汗だくでカッコ悪いけど、めいっぱいの笑顔で伝えよう。
誰よりいちばん大好きな君だから、俺の知ってる何よりいちばん大事な言葉を。

「夜久月子さん。愛してます。俺と、結婚して下さい!!」










20110716

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