ループを繰り返す平千、という若干のパラレル要素を含みます。
大丈夫だ!って方のみスクロールして下さいまし。

























だいじょうぶ、だいじょうぶ。
今度は私が、必ずあなたを、


「…大丈夫、」

真っ赤に染まった腕も背中もいらないの。辛そうな苦しそうな顔も、出来るなら見たくない。
だけど完全に除けないなら、せめてその数を減らしてあげたい。
ほんの少しでも良い、あなたが沢山笑えますように。
ほんの僅かでも良い、あなたが悲しくないように。
あなたがちょっとでも多く、幸せに触れられますように。
ちょっとでも長く、幸せのなかに生きられますように。

「あなたは、私がまもるよ」

滲んだ視界にさよならをしよう。
この先から私はいなくなるけど、ちゃんと覚えてるよ。全部、ぜんぶ忘れないよ。
降るような優しさも、照らすような笑顔も。包むような温度も、色を失くした瞳も、冷えるばかりの温もりもいのちも全部持っていく。

「…またね、平助君」

大好きだよ、ってもっとたくさん言えたら良かった。
伝えれば良かったのに、私は一人で抱え込んでた。ふたりでいるから生まれた気持ちなのに、ひとりで抱きしめて離さなかった。
だってね、もっと一緒にいられると思ってたの







「…千鶴?」
「うん?」
「…おまえ、最近でかい怪我しなかったか?」
「ええ、どうしたの平助君」

確かめるみたいに掴んだ腕は細くて、俺よりずっとずっと白い。伏せってる訳じゃないから病的ではないけれど、それでも健康的に日焼けしてる、町で見かけるような子たちとは少しばかり違う色。

「本当に、斬られたりしてねぇか?」
「どうしたの…?」
「…ごめん、自分でもよくわかんねぇんだけど、」

小さい、頼りないとすら感じるこの背中が俺の前にあった。着たきり雀の薄い桜色が突然飛び出して、俺を突き飛ばして。それからそれはじくじくと、見慣れた色に染まって

「…わるい夢を、見てたんじゃないのかな」
「夢?」
「最近ずっとお仕事に追われてたでしょう?平助君が屯所にいるのも、こうやって話すのも久しぶりだよ」
「…そっか、な」
「きっとそうだよ」

ひたすらにやわらかく、優しい笑顔がこぼれるみたいに浮かべられる。自覚してたより強い力で掴んでいた手首を焦って離すと、うっすらと赤い痕。

「わ、悪ぃ!」
「ううん、平気。痛くないよ」

それにほら、私はすぐ治るから。
苦く笑う顔に苛立ってその肩をつかめば、戸惑いの声。

「平助君…?」
「…消えたって、怪我したって事実がなくなる訳じゃねぇだろ?」
「!」
「お前が血を流したことや痛かったことが、丸ごとなくなる訳じゃない」

そう言えば、一瞬だけ強ばる月色と細い肩。俺はそんなに変なことを言ったんだろうか、あっという間に涙の膜が張られていく。

「!?千鶴!?」
「…何でもないよ。ごめんね、いきなり、」
「だけど、」
「私、ほんとに怪我はしてないよ。…そもそも屯所から出られる機会が少ないから、そういう場面に遭うこともないもの」

ね?
瞬きを二回、そうして上げられた顔にもう涙の影はない。俺はただ、口をつぐむことしか出来なくて。

「わざわざ心配してくれてありがとう、平助君。」

すり抜けるように解かれた腕を不格好に伸ばしながら、遠ざかっていく背中を見つめていた。
本当に、これで良いのか?理由なんて、根拠なんて見当たらない疑問が浮かび上がって視界を覆う。
頭の真ん中、固く閉ざされた場所からがんがんとぶつけられるような痛み。

「―――あれ、何で」

伸びた影に滴が落ちる。ぱたぱた、ぱたぱたと零れたそれは地面を濡らす。

「何で俺、泣いてんだ…?」

確かめるみたいに両手で受け止めてみるけど、勿論そこには何もない。何かが生まれることも、ない。
それなのに胸は、心臓はやたらと痛くて、息は詰まって。苦しくて、悲しくて仕方がない。
何か忘れているような気がする。何かを失くしてしまった気がする。離してはいけない手を、放してはいけない何かを、欠けさせてしまった。

「…ちづ、る」

朧に浮かぶ背中。広げられた両腕。
そのどちらもが俺を守る為にあった。
何してんだよ、俺より弱い癖に。
俺はお前には守られるんじゃなく守る側でいてえんだっての。
だから泣くなよ、笑っててくれよ。

―――なあ、何してんだよ?
何で、何でお前がそこに居るんだよ。
この状況のどこに「良かった」なんて吐ける要素があるんだよ。

「……っ…」

重苦しい空気が纏わりついて、上手く呼吸が出来そうにない。足は縫い止められたみたいに動かない。今すぐ走りたいのに、駈け出して、あの背中を捕まえたいのに。
幻覚だって、悪夢だって。現実にならないなら、何であろうと構わないから、だからどうか。

「ちづる…」

だけど俺は、そう願うこと自体が夢想じみていると知っていた。


きっともう、間に合わない






ずっと笑い合っていたい。
誰よりも大事な大好きなやつ。
傷ついて涙を流しても、痛みに苦しむことがあっても。

だから俺が、傍に居るのに。







ずっと笑っていて欲しい。
誰よりも大切な大好きなひと。
傷つかないように泣かないように、痛みに苦しむことのないように。

だから私が、守るの。







覚えていたよ。覚えているよ。
忘れてなんかいなかったよ。忘れられる筈なんか、ないんだよ。
一緒に過ごした記憶。重ねた手も、唇も、時間も全部、ちゃんとこの中にあるんだよ。
それだけあれば十分で。
それが欠けてしまっては、成り立たない。
あなたが。君が。
笑っていてくれるならそれでもう、他には何も要らないから







一体何回繰り返したんだろう、やっと見つけた私に出来るあなたの守り方。
最初は失敗ばかりだった。その度に傷つけて、苦しませて、そうして何度も失った。
平助君はいつだって私を守ろうと、助けようとしてくれるから。結局いつも私がのこってしまって。
ごめんね、ごめんね。守りたくて傍に居たのに、守られてばかりだった。
何も出来ない訳じゃないのに、何かするには力が足りなさ過ぎた。悔しくて歯痒くて、だけど泣いてなんかいられない。あなたを生かすことこそが、私が生きる理由になっていたんだから。

「千鶴…千鶴、ちづる…っ」
「へ…すけ、く」

いつか、いつか見た景色。
真っ赤の中に、私と平助君がいて。
いっかいめから何度も、何度も何度も見て来た。状況や要因、細かい要素は違ってもいつだって結末は変わらない。いつだって私は守られて、危険から遠ざけられて、届かなかった。

「よか…、た」

もう二回目はいらないよ。来世もその次も、もう必要ない。
沢山の我儘を繰り返して、やっと見つけたやり方。これ以上の未来なんて、きっと私には無いもの。たとえまた繰り返されたって、絶対に私が助けてみせる。

「何で、笑うんだよ…っ」

滲んだ視界にさよならをしよう。
この先から私はいなくなるけど、ちゃんと覚えてるよ。全部、ぜんぶ忘れないよ。
降るような優しさも、照らすような笑顔も。包むような温度も、色を失くした瞳も、冷えるばかりの温もりもいのちも全部持っていく。

「…さよなら、平助君」

笑う理由なんて決まってる。
これが、私の望んだかたちだからだよ










さようなら愛しいあなた。
きっと二度と、お目に掛かりません。



20110827

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