隣から、とんとんとん、と軽快な包丁の音が聞こえる。
人参やらじゃがいもやら、沢山の野菜を慣れた手つきで切っていく豪炎寺を横目で見ながら手は休めずに洗ったばかりのお皿を落とさないように注意しながら拭いていく。
一口サイズよりずっと小さくスライスされた野菜はどうやらミネストローネになるらしい。

「豪炎寺、皿拭き終わったぞ」

「ああ、助かった。暫く手伝って貰うことは無いから休んでいてくれ」

洗い物のかごに溜まった水を流しに捨てながらわかったと返事をして、台所から少し離れたソファーに座る。
今日は久しぶりに一日オフで、せっかくだからと豪炎寺にうちに来て貰うことにしたのだ。
午前中はサッカーの雑誌を読んだり買い物に行ったりとそれなりに楽しく過ごしていたのだが、夕方になると特にすることがなくなってしまいなんとなく気まずい空気が流れてしまった。
俺は豪炎寺が横にいてくれるだけで十分だけど、流石にずっとこのままは気まずいよなと考えていた時、豪炎寺が夕食は自分に作らせてほしいと言い出したのだった。
そんな訳で夕食は豪炎寺の得意料理だというミネストローネを作って貰うことにした。
豪炎寺は本当に料理に慣れているようで見たところ手伝うようなところは一つも見当たらなかった。
でも、わざわざ来てもらったのに夕食を作って貰ううえに何も手伝わないというのは流石に悪いと申し出ると、じゃあ皿洗いをやってくれるか、と言われたのでついさっきまで手伝っていた訳だ。

「本当に料理得意なんだな」

「よく妹に作っていたからな」

「あぁ、夕香ちゃんだっけ。夕香ちゃんはいいお兄ちゃん持てて幸せだな」

妹さんの話しは豪炎寺からよく聞いていた。
夕香ちゃんの事故が原因でサッカーから離れていた時のことも、夕香ちゃんが目覚めた時のことも、夕香ちゃんを人質の取られて沖縄に身を隠していた時のことも、豪炎寺は大切そうに優しい目で話してくれた。
夕香ちゃんの話しをするときの豪炎寺は本当に愛しそうに目を細めて笑う。
その度に、あぁ妹想いのいいお兄ちゃんだなと思っては俺も笑ってしまう。

「どうだろうな。夕香には俺のせいで辛い思いも沢山させてきた」

「そんな風には思ってないと思うぞ。豪炎寺が家に帰るの、毎日楽しみに玄関の前で待ってるんだろ?」

「ああ」

「それに、この前会った時に言ってたんだ。夕香はサッカーしてるお兄ちゃんが一番好きなんだーって」

若干声のトーンをあげて女の子らしい雰囲気を煽りながら言葉を紡ぐと、豪炎寺はそうかと素っ気ない返事をしながらも嬉しそうに笑った。
その笑顔があまりにも幸せそうだったから相手が妹さんだと分かっていても悔しくなる。こんな気持ち浅ましいよな、と思いつつも、俺が言っても同じように笑ってくれるだろうかと悪戯心が顔をもたげた。


「…俺も、サッカーしてる豪炎寺が一番好きだ」

さっきよりずっと小さい声でそう言うと、火を使っているからと今まで一度も振り向かなかった豪炎寺が驚いた顔で俺の顔を見てきた。
好きだなんて、普段は恥ずかしいからと滅多に言わないから驚いたのかもしれない。

「そうか」

さっきと全く同じ答えだったけど豪炎寺の頬が微かに赤かったのを俺は見逃さなかった。
そのちょっとした違いがどうしようもなく嬉しくて、どんどん顔が熱くなる。

「あと、背中…豪炎寺の後ろ姿が見えると安心してパスを繋げるんだ」

今まで一度も言ったことはなかったけどいつも思ってることだった。
豪炎寺の試合中の後ろ姿はすごくかっこいい。試合にかける熱い気持ちも敵を圧倒する威圧感も仲間への信頼も、全部が感じられる。だからこそ、安心してボールを繋げる。豪炎寺まで繋げれば最高の形でゴールを決めてくれる、という自信にも似た気持ちがある。

「みんな、豪炎寺の背中を追ってるんだ」

そう言ってから恥ずかしさを拭うように視線を落とすと、豪炎寺はコンロに向き直って火を止めながら風丸、と俺の名前を呼んできた。

「なんだよ」

頼むからなんか反応してくれよ、恥ずかしいだろ、と下げた視線を上げて上目使いに豪炎寺を睨むと、いつもみたく優しく笑っている豪炎寺と目が合った。


「やっぱり、風丸に言われるのが一番嬉しいな」


豪炎寺は一言そう言ってから、俺も風丸が大好きだ、と心地良いアルトで囁いた。









少女に捧げるファンタジア
title by.Alstroemeria

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