学年が上がるにつれて高くなった教室の窓からやけに雲の多い空を眺めて、もうすっかり秋だなぁなんてどうにも鬱々とした感傷に浸る。
肘をついて窓を覗き込むように顔を傾けたままでふと教室に視線を戻すと、黒板には広いスペースを惜しみなく使って書かれた文化祭の三文字。室内では活気に満ちたクラスメートたちがやれ喫茶店だやれお化け屋敷だと熾烈な争いを繰り広げていた。
食べ物はダメだのお化け屋敷はつまらないだの厳しい意見が飛び交うこの雰囲気の中で正直どれでもいいなんてまさかじゃないけど言えっこなくて、できれば準備が楽だといいなぁなんて思いながらまた窓越しに空を眺めた。
一年が過ぎていくのが早いと思い始めたのはいつからだったか。
なんだか最近笑ってばかりいて幸せぼけしたんじゃないかと不安になるぐらい幸せで、何もかもがあっと言う間で、その分だけふと気づいた時に不安になる。サッカーのことも陸上のことも進路のことも将来のことも、恋人のことも。
幸せすぎて怖いなんて贅沢な。羨ましい悩みだと自分に思わず苦笑した。
窓越しに映った自分とグラウンドに見えるサッカーゴールを交互に眺めて遊んだりしながら結局は空に視線を戻し、見れば見るほど白い秋空にため息をついてぐいぐい視線を下ろしていく。教室ではやる気のない側の人間ががやがや騒ぎ初めて、ただでさえ声を張っていた文化祭実行委員はかわいそうなぐらい必死に声を張り上げてなんとか場を取り持とうとしていた。
よくまぁ頑張るもんだ、なんて他人事みたいに思いつつたまたま目に入った屋上で俺は思わず視線を止めた。
「え、」
なんとも信じがたいその光景を二度見どころではなく何度も確認して、やっぱりそうだよなとイマイチ回らない頭で事態を把握してから席をたつ。
いきなりどうしたんだと言わんばかりの視線をかいくぐりながら、クラスの前の方でただじっと生徒を眺めていた担任にすいません気分悪くて、なんていかにもな断りを入れて部屋を出る。保健室まで着いていこうかとわざわざ席を立ってくれた保健委員には丁重にお断りをして、保健室とは反対に向かい足を早めた。
文化祭準備のため全学年全クラスがロングホームルームで出し物を決めているせいか廊下は恐ろしく静かで、階段を駆け上がってるところなんか教師に見つかろうもんなら何の言い訳もできないなと慎重に屋上を目指した。
「…サボりか?」
屋上の重い扉を体で押しながら、サボりとゆう言葉が何とも似合わない目の前の人物に声を掛けた。
「っ、風丸?」
なんでここにいるんだ、まだロングホームルーム終わってないだろ?と、いかにも不思議そうな視線を向けてくるもんだから呆れてしまう。
「それ、そのまんまお前に返してやるよ」
自分のこと完全に棚に上げて何言ってんだよ、と呆れ半分で豪炎寺の隣に腰をおろすと、豪炎寺は腰をずらして階段脇の日陰に俺を招き入れた。
秋になったくせにまだ暑いなぁなんて思っていたものの、日が当たらなくなるとやっぱり涼しい。ロングホームルームを抜け出して豪炎寺と一緒にいるという甘美じみた今の状況にはぴったりで、屋上から微かに見える自分の教室を横目に何とも言えない背徳感を享受した。
「お前のクラスだってまだロングホームルーム中だろ?お互い様だ」
「ああ、それもそうだな」
「だいたい、俺はお前が見えたから抜け出して来たんだぞ?」
「…そうなのか?」
「そうだよ」
「そうか」
だから豪炎寺の方が有罪だ!とかなんとか言ってどうにか上手に立ってやろうと思ったのに、豪炎寺があんまり嬉しそうに頬を緩めるもんだからこっちまで顔が赤くなる。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「え?ああ、」
「…なんだよ」
「いや、わざわざ俺のために抜けてきてくれたんだろ?」
そう改めて言われると、なんだかとんでもなく恥ずかしいことをしたような気持ちになるからやめてほしい。
そりゃたまたま目に留まった屋上に豪炎寺の姿を見つけて思わず抜け出して来てしまった訳だけど、こうやって心底嬉しそうな豪炎寺を見ていると、こんな風に笑ってくれるなら来て良かったなぁなんて、もう自分でも無意識の領域で考えてしまってて、自分がどれだけ豪炎寺を好きかまじまじと見せつけられてるみたいでどんどん顔に熱が集まってくる。
「うっ…なんなんだよ」
結局俺ばっかり豪炎寺を好きみたいじゃないか。なんて。
「ん、何か言ったか?」
「なんでもない」
「…そうか?」
毎回してやられてばっかりで悔しいと思うのに、結局いつもああやっぱり豪炎寺が好きだなぁなんて実感させられて、俺ばっかり赤くなって。
結局のところどんなに時間が経つのが早くても、俺たちは何にも変わってないのかもしれない。とゆうか、俺は何にも変わっていないのかもしれない。そう思うのはどこかためらいと安心感があって、なんだか生ぬるい気がした。
「…なぁ豪炎寺」
「ん?」
「俺たちってさ、考えてみると、何にも変わってないよな」
入学した頃から、もちろん学年は上がってるし、それに伴って例えば教室のフロアとか下駄箱の位置とか身長とか部活とか先輩とか後輩とか、とにかく色んなものが変わってきたけど、肝心な何かはずっと変われずにいる。いつまでも生ぬるく立ち止まったまま。そんな気がする。
「風丸?」
「…このままじゃ、ダメだよな」
サッカーのことも陸上のことも進路のことも将来のことも、恋人の、ことも。
口にしてしまうとなんともつまらない言葉で、なんとも小さな悩みだけど、自分で何かを選び取るのはとんでもなく息苦しいことだった。
「そうか?」
「えっ、」
「今のままでもいいんじゃないか?」
気付いたらコンクリートの床に置いた指に豪炎寺の指がかすかに絡んでいて、ますます冷えてきた秋風の中で、繋がった左指だけが妙に暖かかった。
「どんなことがあっても俺はずっと風丸が好きだぞ」
豪炎寺があんまりストレートにそう言うもんだから、抱え込んだ膝の間にうずめていた顔を持ち上げて視線を豪炎寺にやると、優しく笑った切れ長の目と視線が絡んでなんだかもうどうしようもなく心臓が煩い。
赤い、絶対に赤い。だらしない顔を晒してるのは重々承知なのだけれど、こればっかりは本当にどうしようもなくてただただ押し黙るより他にない。
「…ん、俺も」
豪炎寺に見られないように必死に俯きながらそう答えるのが今の俺には精一杯で、せめてもの反逆にと、微かに触れていた指先を手繰り寄せて豪炎寺の暖かい指の付け根に自分のそれを絡めた。
「ありがとう、豪炎寺」
きっとこれから色んなことがある。
やりたいこととできることの狭間で、無限の可能性と踏ん切れない自分との葛藤に立ち向かわなきゃならない。
そしたらきっと、いつも一緒には、いられない。
だけど、豪炎寺と一緒ならそれでいい。
会えない日が長くても進む道が違っても、気持ちが一緒なら、それで。それで十分幸せだと思う。
学校なんて閉じた世界の中で、誰よりも好きな人と永遠に一緒にいれるような気がした。
空の底辺でキスをしよう
title by たとえば僕が
(2013102 豪風の日記念)
いつまでも笑顔でいてね