最近彼氏が冷たくてさー
えー、嘘、なんで?
スキだよとか、全然言ってこないし。あんま会えないし。なのに連絡してくんないの
なにそれ!信じらんない!ねぇもう別れちゃいなよ!
えーやっぱりそうかなぁ
絶対!だって好きって言ってこないとかあり得ないじゃん!
…ん、そうだよね
昼休み。さっき購買で買ってきたばかりのイチゴオレをストローで吸いながら、隣の机から聞こえてくる会話に耳を傾けていた。
ちょっとぉ霧野くん聞いてますかぁとかなんとか言ってる速水に、あーとか聞いてるよーとか適当に返事をしながら、そんなんで別れられたらたまったもんじゃないなと、どこの誰かも分からないその彼氏とやらにひどく同情した。
そりゃあ彼女があんなじゃ連絡もしたくなくなるわ。
毎日のように電話してきては、ねぇわたしのこと好き?とか聞いてくるんだろうか。うっわうすら寒っ。すごい鳥肌。まったく、これだから女子ってのはおぞましい。
そう思って一層強くストローを吸ったら、ぢゅっと鈍い音がしていつの間にかすっかりパックが軽くなっていた。
好きだ好きだと毎日のように言うのは、なんだか嘘っぽくて好きじゃない。
そりゃあ恋人なんだから好きだけどさ。そんな毎日、顔見る度に言うもんじゃないだろ。
お決まりのように好きだよって言われたって、はいはいまたかよって。そうなるだろ普通。
空になったパックをいじりながらそう言ったら、隣にいた倉間がお前馬鹿か信じらんねーって顔でこっちを見てきたもんだから、俺の方が面食らってしまった。
「え、なに、お前毎日好きだよって言われたい?」
「いや、なんつーか…そうゆう訳じゃない、けど…」
言われたら嬉しいんじゃねぇの?だって。そうゆうもん?まさか倉間に言われるとは思わなかった。
ふぅんそっか、なんて曖昧に返しながら、南沢さんに好きだよって言われる度に照れる倉間を想像したら、なんだか微笑ましいんだか気持ち悪いんだか、あまりにも容易に想像できて笑えてきた。そっか、うん、南沢さんと倉間ならなかなかありだなって気がする。
「あー…、南沢さんなら」
倉間が照れるのを楽しんでるであろう南沢さんの顔が目に浮かぶ。そう言うと倉間は耳まで真っ赤にしてよく分からない日本語で怒鳴ってきたけど、残念ながら今の俺はそれどころじゃないんだ。
頭の中でふてぶてしく微笑む南沢さんにも申し訳ないけど出て行ってもらって、散々弄ったせいですっかり変形してしまった無惨なイチゴオレを捨てるべくゴミ箱に向かう。
恋人に好きって言われたら嬉しいっていうのは、確かに一理ある。
そう考えてみると、俺はあまり狩屋に対して好きだとかそうゆう告白じみたことをしていない気がする。
でもそれは狩屋も一緒で、会う度に好きとかまさかじゃないけど口にしないし、なにか不安な時とか寂しい時なんかは逆に口数が減って、俺の制服の端を引っ張ったり、鞄を掴んだりと行動で示してくるもんだから好きですなんて滅多に聞けやしない。
唯一狩屋が素直になるセックスの時だって、好きです好きですって珍しく連発してくる狩屋に、俺もだよって言うだけで結局俺から狩屋に好きだって言うことはないわけだ。
寧ろ、狩屋かわいいとかそんな狩屋が嫌がることばかり言ってる気がする。
でもそうか、俺が好きだって言ったら狩屋は嬉しい、んだろうか。もしそうなら、狩屋を喜ばせてやりたい気もする。
もう狩屋だったらどんな表情でも良いよってぐらいにはあいつのこと好きだし、正直自分でも驚くぐらい本気なんだけど、狩屋の照れた表情は格別に俺の好みだった。
なに言ってんだよ馬鹿じゃねぇえのとか言いながら顔は真っ赤だし目はきょろきょろするしで、なんだ期待してんじゃんてつい苛めたくなるあの表情はたまらない。
初めて俺が好きだって言ったときなんか、そこに小さい声で俺も好きですよが付いて来て、ああもうこいつはってこっちまで真っ赤になった。
またあの顔が見れるんなら尚更、狩屋には好きだって言ってやらなきゃならない。
めんどくさいことは嫌いだし、正直もう放課後まで待てないしで、気付いたら一年のフロアに突っ立ってた。
廊下にいると容姿のせいか学年が違うからか異常に目立つので、とっとと用事を済ませたい。
狩屋のクラスのドアから顔だけ覗かせると、天馬と信介に挟まれて面白くもないけどとりあえず苦笑いに徹していたらしい狩屋が俺に気付いて、盛大にお茶を吹き出した。
うっわ汚ねぇ何やってんだお前。口だけでそうゆうと、あんたのせいだろ!と罵声が飛んできてお茶まみれな狩屋共々、ますます目立ってしまった。
あーあ目立ちたくなかったのに。
クラスメイトの前で猫を脱いでしまった狩屋は苦しい言い訳をしながらパタパタと教室から出てきて開口一番、俺に向かってサイアクと吐き捨てた。
「…で、なんなんですか」
濡れたワイシャツを洗う狩屋の横で水道の際に腰掛けていると、狩屋が不服そうに横目で睨んできた。多分、いつもは昼休みに会いに来たりしないのにって言いたいのだろう。
「んーいや別に。会いたくなっただけ」
「はぁ?」
「だから、会いたくなっただけだって」
「なんだよ、それ」
すっかりびちょびちょなワイシャツをきつく絞りながら、思ってもないくせに、先輩ビニール袋持ってないですか?とか聞いてくる狩屋は、わざわざ貴重な昼休みに会いに来てやったっていうのにあんまり嬉しくもなさそうでなんだか腹が立つ。
何が嫌だって、俺は昼休みに会えて少なからず嬉しいのにあいつはそうでもないっていうのが、まぁ負けたみたいでってこと。
片思いしてる女子じゃあるまいしアホか俺。
「なぁ、嬉しくないの」
「…何がですか」
「だから、俺に会えて」
俺が狩屋に好きだって言いに来たはずなのにおかしい。気付いたら、なぁどうなんだよとか、みっともなく追い討ちまでかけながら狩屋に詰め寄っていた。
「ちょ…どうしたん、です、か!」
ぐいぐい近寄る俺の肩を押し返しながら馬鹿離れろ変態と聞くに耐えない罵声を飛ばしてくる狩屋の頬は、言葉とは裏腹に心なしか赤みを帯びていてなぁんだやっぱり少しは喜んでんじゃんなんて密かに安堵してしまった。
「真っ赤」
「なっ…!」
「かぁわいい」
すっかり気を良くして狩屋の顔やら首筋やらをベタベタ触っていると、初めはここ学校とか中一のフロアなんですよとかぐずぐず気にしてた狩屋もすっかりその気になって、されるがままのこの状況に身を任せているようだった。
顎のラインに指を這わせて耳までゆっくりなぞると狩屋は息を詰めて甘ったるい視線をよこしてきた。
あ、やばい。今の顔すごい良かった。なんて狩屋の惚けた顔に更に気を良くした俺は、そのまま狩屋の後頭部に指を回してを引き寄せて、もう唇がつくんじゃないかってとこで「好きだよ」と実に久しぶりの告白をしてやった。
「せっ、ん…ふぅ」
狩屋が何か言いかけた気がするけど気にしない。何が何だかって顔してる狩屋には申し訳ないけど今はこっちが優先。
俺だって好きな相手がたった数センチ前にいるのにずっと我慢できるほど大人じゃない。
苦しい苦しいと俺のシャツを引っ張ってくる狩屋にいじわるで少し無理させてみたりして、散々狩屋の唇を堪能してから離してやると、咳込んでるんだか空気を取り込んでるんだか分からない荒い呼吸をした狩屋が、上目遣いにじっとり俺を睨んできた。
「…ん、なに?」
「先輩サイテー」
もうベトベトですよどうしてくれんの、と自分の口元を拭いながら顔をゆがめている狩屋の手を取って引き寄せて、謝罪の代わりにべっとりついた唾液を舐め取る。
信じられないって顔をして硬直してる狩屋に「好きだよ、狩屋」と本日二回目の告白をしてにっこり微笑んでやると、当の狩屋は面白いぐらい真っ赤になって下を向いてしまった。
ほら、これだからかわいくて手放せない。
最低とか変態とか悪趣味とか思いつく限り言ってんだろお前ってぐらい次々に吐き出される不名誉な言葉を甘んじて受けながら、狩屋の頭を撫でてやると、流石にそれ以上思いつかなくなったらしい狩屋がいきなり静かになってしまった。
「おーい、狩屋ぁ?」
狩屋ぁとあからさまにふざけた声を出して頭をぺしぺし叩いても一向に顔を上げない狩屋に、これでもかと攻撃をしかけているとついに狩屋が観念したようにぐっと息を呑んで微かに口を開いた。
「俺も…好き、ですよ」
余りにもか細い声がそう言って、俺はまた自分がどれだけこの生意気な後輩に夢中かを思い知らされるのだった。
愛をあげる。口移しで、
title by Alstroemeria様
▽3/15 蘭マサの日