一人でこっそり練習なんて、らしくないことをし始めたのは一ヶ月前ぐらいからだっただろうか。
元セカンドのキャプテンとして、サッカー部に戻ると決めた決意にかけて、それから、いなくなった仲間の分まで。どうしても試合に出たい気持ちがあった。
そりゃあ神童や霧野や倉間なんかには、かなわないかもしれない。浜野や速水にだって、きっとそうだろう。
でもそんなのセカンドで必死に走り回ってた頃から変わらない。変われない。自分で言うのも滑稽だけど、努力してない訳じゃないんだから。
だからって、後輩にまでポジションを取られてるようじゃ堪らない。俺にだってプライドがある。

あまりの息苦しさにのろのろと足を止めると、驚くほど体が重くてがくっと膝が折れた。膝に食い込む冷たい砂の感触がいやに気持ち悪い。
技術だけじゃない、俺は体力すら勝てないのだと嘲笑われているみたいで悔しくて、地面に爪を立てた。けど、爪に砂が入り込んで痛いだけ。
自棄になって地面を毟る自分は想像しただけで酷く滑稽で笑えた。


「サッカー続けてたんだ?」

聞き慣れた声に、思わず顔を上げる。いや、正確には久しぶりに聞いた声だったけど。ずっと何度も頭の中で反芻してきた声だった。
ずっと長いこと好きで好きで堪らなくて、試合中この声で名前を呼ばれるのが一番の楽しみだった。呼ばれて、振り返って、目があって、ボールが繋がって、笑う。ああそうだ、あいつ猫みたいな目をぎゅっと細めて笑うんだったな。そんな顔も大好きだった。

「向坂…」

自分から離れていくことなんてないと思ってたのに。気付いたら広がってしまった距離は、彼を名前を呼べないくらい大きくて、なんだか泣きたくなった。

「ファーストのユニフォームか。いいね、俺も着てみたかったなあ」

大きな目を細めてこちらを見つめる彼は、のろのろと足を動かすも、俺が立っているところまでは足を進めてくれなかった。

「ファーストでも結局ベンチみたいだけど。どう?楽しい?」

砂にまみれてやけに汚いファーストチームのユニフォームと砂のつまった爪をぼんやり眺めながら、嫌味なんだろうか、なんて頭の隅で考える。
向坂はすぐ人に楯突くところがあったから。よくセカンドのみんなで喧嘩したんだよな、懐かしいな、なんて。
俺だって初めは、向坂のいちいち突っかかるような発言に言い返したりしてたけど、今じゃそんな言葉さえ、なかなか聞けなくなってしまったもんだから嬉しくて仕方ない。変わってないんだなって、実感できるし。

「ああ、楽しいよ」

「ふぅん。そっか」

別にどうでもいいけど、とでも言いた気に目をそらす向坂がなんだか可笑しくて、堪らなずに口元が緩んでしまう。
向坂はセカンドの中でも特にサッカーにいれこんでた。かっこつけて他人には見せないけど、サッカーのためならいつだって必死だった。
だからほんとは聞きたい癖に。

「向坂がいるような気がするんだ」

だから、楽しいよ。とか、笑われそうだけど。
向坂には、ちゃんと聞こえたんだろうか。そんなところじゃ伝わらない。もっと近づきたい。だけど、必死になってる自分が、ひどく惨めな気がして、言葉を飲んだ。

「何それ。名前も呼んでくれないのに?」

拗ねたような猫目と視線が絡んで、じっとりと睨まれた。
前は名前で呼んでたのにさ、なんて言って視線を逸らされると、もう限界だった。

「さと、る」

何の緊張からか細かく震える手で、彼の腕を引き寄せる。
もう長いことグラウンドに上がっていない彼の肌は、前よりずっと白くなった気がして、久しく感じていなかった彼の体温を、ひたすらに愛おしく感じた。





いちばん甘い毒でありますように
title by.クロエ様



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