「なんで一年て区切られてるんだろうな」
なんだかやけに遠くを見つめている神童がぼそぼそとそう言った。
なんだよ、年明け早々おかしくなったか?なんて茶化してやると、神童の視線がどっか遠くから俺に移ってくる。
「だって、別にずっと同じ年でもいいだろ?」
人間が勝手に一年を12ヶ月って決めて、季節の行事を作って、お祝いするようになったってだけの話じゃないか。なんて。今日の神童は神童らしくないことを言う。
いつもならそうゆう冷めたことを言うのは、どちらかと言えば俺の立場なのに。神童にそんなことを言われるとなんだか調子が狂ってしまう。
「なんで?正月嫌いだっけ」
「いや、そうじゃないけど」
珍しいこともあるんだなぁなんてある種感動しながら聞くと、神童は寂しそうに綺麗な睫を伏せた。
「なんだか寂しくないか?年が明けるときって」
正月と言えばこれだろ、なんて言って俺が勝手に持ち込んだみかんを剥きながら、ああ確かになぁ、と思う。
はっぴーにゅーいやーなんて言って盛り上がるけど、ついさっきまでの一年を世界中みんなして忘れ去っていくのはなんだか滑稽かもしれない。
使い捨てられた一年はもう忘れられていくだけなのだから、確かに年明けは切ないもんだ。
「ん、分かるかも」
口に入れたみかんの房が潰れるのを口内で楽しみながら、 神童にもそれを差し出す。
「食べる?結構甘かった」
「ああ。ありがとう」
綺麗な橙色に色づいたそれが神童の唇に挟まれて口の中に消えていくのを見ていると、なんだか恍惚とした気分になる。やばい、これはやばい。と、脳味噌から警告が飛んできて、みかんを食べる姿まできれいな幼なじみを恨めしく思った。
「でもさ、俺は覚えてるけど?」
「…なにが、」
「去年のこと。去年神童としたこととか、一緒に行った場所とか」
覚えてる。全部、ぜんぶ覚えてる。
珍しく神童がうとうとしてる顔を見れた日のこととか、浜野に見せられたエロ本に真っ赤になってたこととか、部室を寂しそうに眺めてたこととか。きっとお前が忘れてるようなことも、全部。
くだらなくて、ちっぽけで、馬鹿みたいに大切なこと。
「そんなの俺だって」
「だろ?一昨年のことも覚えてるし、その前も、その前の年も覚えてる」
「…うん」
「神童と初めて会った日のことも覚えてる」
忘れない。神童が俺に見せてくれた表情は一個だって忘れない。あの日から、俺の思い出が沢山増えた。忘れたくない気持ちとか、忘れられない出来事も。
「神童は?」
なんて答えてくるかなんて、目を見てればわかるけど。
神童も言いたくて堪らないって顔してるから、一応返事を促してみた。
「俺だって覚えてる。霧野とのことは絶対忘れない」
そんな必死な顔も好きだし、今の台詞も嬉しかったし、また俺の忘れたくない神童が増えた。
「な?だからさ、寂しくないんじゃないかな」
だって、大切な思い出は忘れない。全部ちゃんと残ってるじゃないか。
我ながら良いことを言ったと思ってまた一つみかんを頬張った。やっぱり甘い。
最後の一つは神童に食べてもらおうと思って神童に目をやると、ずっと俺を見つめていたらしい神童と視線が絡んだ。
きょとんとしている神童に、手元にあるみかんの最後の一房を渡しながら、俺変なこと言った?なんて聞くと、神童が口元を緩めて笑い出した。
「なんだか霧野らしくないな」
そんなロマンチックなこと言えたんだな、とか何とか言って笑い続けている神童を見ていたら途端に恥ずかしくなってきた。
「ちょ、…やめろって、」
もう最悪。なんだこれすごい恥ずかしい。
神童がらしくないこと言うから。なんて、未だにくすくす笑ってる神童に酷い濡れ衣を着せて、浅くため息を吐いた。
まったく、新年早々何やってんだか。
「じゃあさ、来年の正月には今年のことが懐かしくなってるんだな」
「ああ」
「その時思い出すのも霧野だといいな」
神童に言われて思った。
俺だって、思い出すのは神童の顔がいい。神童だけ。神童だけでいい。
だから、今年も沢山神童との思い出をつくらなくちゃいけないな。なんて。
だいすきの反対の反対
title by. ashelly