大学に入ってからというもの、部活動と称するものがなくなり、サッカーと陸上は常にかじっているものの、これといって熱心に打ち込むものがない生活を送っていた。
せっかくなら、と大学では割と多く講義を取っていたが、それでもやっぱり忙しかった高校時代、ましてや中学時代なんかに比べたら果てしなく暇で、退屈な毎日だった。
中学時代には全くと言っていい程無かった、自分の時間というものが、今は有り余る程ある。
だけど人間はめんどくさい生き物で、無いときは欲しいと思う癖に、いざ有り余る程与えられると有効的に使うことができないものだ。
偉そうに言ってみたものの、そんなのは俺も同じで、有り余っている暇な時間を潰す手段は残念ながら持ち合わせていなかった。
バイトとかしてみたら?
大学の友達にそう勧められて、バイト?そういやバイトってやったことないなぁ。なんて言っていたのが二ヶ月前。中高時代忙しくてできなかったのもあり、バイトへのなんとも言えない憧れもあって、俺はすぐにバイト先を探した。
「いらっしゃいませ。お二人様ですね?どうぞ、お席へご案内致します。」
もうすっかり慣れてしまったお決まりの台詞を口にしながら、やっぱり飲食店はやめとくべきだったかな、なんてぼんやりと考える。
年末に忙しくなるのは大体が飲食店で、その方がバイト募集の枠も大きいと教えてもらって決めた喫茶店でのバイトだったが、分かってたとはいえ、まぁとにかく忙しい。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい。」
接客業で最も大事だと当初教えられた笑顔をきっちり付け、とりあえずテーブルを離れる。
ねぇ、今の人かっこよくない?
ねっ!すごい美人!
馬鹿、男でしょ?声低かったし。
でもすごい綺麗じゃない?
後ろから聞こえてくる、こんな会話にももう慣れてしまった。大学生になって、背は伸びたし声は更に低くなったし、何より体格自体が女子とは比べものにならなくなった分、以前より女に間違えられることは少なくなった。けどその分とゆうか何とゆうか、言い寄られることも増えた気がする。
この前なんて店で女の子に囲まれて、もう冷や汗が出るくらい詰め寄られた。
飲食店で働いてる以上多少はしょうがないと言われても、これだけはなんとも上手く対処できない。
「すっごい風丸くん。今日も大人気だね」
「やめて下さいよ、店長」
俺の顔を見てにやにや笑う店長に向かって浅くため息を吐きながら、ちらっとさっきのテーブルを一瞥する。
「もう…オーダー行きづらいな…」
「あーはいはい、代わりに行きましょうか?」
「…いつもすみません」
「いいよいいよ。うちの看板娘くんに手出されちゃたまんないからね」
「看板娘くんって…」
手をひらひらさせながら俺が案内したテーブルまでオーダーを取りに行った店長に、心の中でお礼を言う。いつも申し訳ない。せめてテーブルまでの案内ぐらいはちゃんとやろう。
腰に巻いてある大きめのエプロンの右ポケットから携帯を引っ張り上げて、誰にも見られないようにカウンターの隅で画面を開く。
待ち受けはもう何年も変えてない。卒業式の後、マネージャーが必殺技ごとに写真を撮ろうと言ってきて豪炎寺と撮った唯一の写真だ。
豪炎寺の写真自体あまり持っていなかったから、内心マネージャーのみんなに感謝したのをよく覚えている。
炎の風見鶏なんて伊賀島戦で使っただけなのに、音無も木野も雷門も、よく覚えていたものだ。
懐かしい写真を眺めて思わずゆるゆると上がってしまった口元を腕で隠した。
店長には、付き合ってる人がいる、とだけ言ってある。まさか男同士の写真を見てにやけてる所なんて見られるわけにはいかない。し、こんな締まりの無い顔、俺が恥ずかしい。
しっかりやる気を充電してくれた携帯をポケットに戻していると、カランとドアが開く音がした。
「あ、風丸くん、出れる?」
「はい。今行きます」
両手いっぱいに使用済みの食器を乗せた店長をかわしながら、代わりにフロアに入る。
途中にまとめてあるメニューの一つをひったくってお客様の待つドアまで急いだ。
「いらっしゃいませ。お席に…」
自分でも、俺の完璧な営業スマイルが崩れる瞬間は、なかなかの見ものだったと思う。
メニューを脇に抱えたままただひたすらに突っ立つ俺に見かねた店長がほら、ご案内してなんて声を掛けてくるけど、残念ながら足が動かない。
なんだか無駄に汗が出てきて、意味もなく焦る。
見慣れた顔と見つめ合いながら、完全にフリーズしてしまった頭を無理やり働かせた。
「…失礼致しました。お席に、ご案内いたします」
やっとの思いで声を絞り出して、適当に近い席に問題のお客様を案内した。
「…なんで」
「何がだ?」
「なんでいるんだよ!」
メニューをテーブルに置きながら小さい声で精一杯叫ぶ。
俺の目の前できょとんとしている豪炎寺が堪らなく恨めしい。
「…来るなって言っただろ?」
「ああ。でも、行きたいって言っただろ?」
ああ、確かに言ってた。とゆうか毎日のように言われていた。
だけど俺だって何回も断ったじゃないか。
豪炎寺がバイト先なんかに来てしまったら、テンパって仕事にならない自分の姿は目に見えている。だから来ないでくれって言ったのに。
「お前が来たら、仕事にならないだろ…」
「…普通にやってていいぞ?」
更に怪訝そうな顔をした豪炎寺に、ますます腹が立った。
俺がこんなにテンパってるってゆうのに、なんでこいつはこんなに普通なんだと思うと、恥ずかしくてたまらなくなる。
なんだか俺だけ意識してるみたいじゃないか。
「…お水をお持ち致します。」
とにかく一刻も早く豪炎寺のテーブルを離れたくて、営業スマイルを残してカウンターまで戻る。
豪炎寺のせいで顔は熱いし、鼓動は早いしでたまったもんじゃない。好きになった方が負けなんて、どこの誰の台詞か知らないけど、よく言ったものだ。
顔を見ただけで嬉しいなんて悔しい。
悔しい。けど、やっぱり嬉しい。
「知り合い?」
「ええ。まぁそんなもんですね」
「かっこいいじゃない」
「…ん、まぁ、自慢の友達です」
カウンターで水を用意して待ってくれていた店長に苦笑いを残して、来た道を戻る。
俺が近づいて来るのを見て、嬉しそうにつり上がった目尻を下げた豪炎寺に、べっと舌を出して苦い顔をしてやった。
照れ隠しなんて、きっと気付かれてるから意味はないけど。
「…それで?」
「ん?」
「だから、感想は?」
エプロンを軽く持ち上げて見せて、似合うだろ?なんてわざと挑発する。
「ああ、似合うな。惚れ直した」
いや別に、とか言ってくれればいいものを。
豪炎寺が大真面目な顔でそう言うものだから、嫌でも嬉しくなってしまう。
こんなのは、考えてみれば中学生の時から変わらなくて、まったくいつまで経っても単細胞な自分が恨めしい。豪炎寺の言葉に、声に、赤くなるのはいつも自分ばかりだ。
だけど、俺だってたまには優位に立ちたいし、成長したんだからなって豪炎寺に見せつけてやりたい。
「ごゆっくりどうぞ。お客様」
八分目まで水が入っているグラスに軽く唇を押し付けて、舌でグラスの縁を丁寧になぞってから、人肌に温まってしまったそれを豪炎寺の前に差し出した。
ありったけの愛してる
title by たとえば僕が
▽40000打フリリク
かこ様へ愛を込めて。