今年の夏は例年にも増して過ごしにくい暑さになると、昨日の夜、アナウンサーが言っていた。既にこんなに暑いのに、これがあと1ヶ月以上も続くなんて、冗談じゃない。暑さでほんとに溶けてしまいそうだ。
毎晩欠かさず聞く翌日の天気予報には、毎度毎度憂鬱な気分にさせられていた。

かく言う今日も、最高気温は30度を優に越えている。
豪炎寺の家に向かうべく自転車を漕いでいる俺の前髪は、汗と向かい風とでべったりと額にくっついてしまっていて、どうしようもなく気持ち悪い。
さっきから何度も、張り付いたそれを剥がしては、耳にかけたり汗を拭ったりしているのだが、もう何度やっても意味が無いと分かったので諦めた。


「久しぶりにうちにこないか?」
朝一の電話で豪炎寺に言われた言葉を、何度も何度も頭の中でリピートしていたせいか、ペダルを踏む足に込める力は、段々と強くなっていた。
いつもなら休みの日でも練習が入ってしまうので、二人でのんびりとゆう訳にはいかない。
それが今日は、あまりの暑さに練習が中止となったので、久しぶりに豪炎寺の家にお邪魔させて貰えることになったのだ。


「あ…」

自転車を更に加速させようとペダルに立とうとした瞬間、右手にコンビニを見つけて足を止めた。
そういえば、何も持たずに人の家にあがらせてもらうのは失礼だよな。
こんなに暑いんだしアイスでも買って行こうかと自転車を降りて、店内に足を踏み入れた。

冷房がきいている店内は、今まで暑い中にいた俺にとっては寒いぐらいだった。体の芯まで冷えてしまいそうな寒さが嫌で、手早くアイスを選んでそそくさと店を立ち去った。
いつもなら選ぶのに時間がかかる俺でも、アイスを選ぶのには時間が掛からなかった。
選ぶアイスはずっと前から、二人の間でチョコミントと決まっている。豪炎寺が本当は何味が好きなのかは知らないけど、俺といるときはいつも俺が好きなフレーバーに合わせようとするから必然的にチョコミントになってしまうのだ。
「好きな味選べよ」と、本人に言ったこともあるのだが「風丸が好きな味が良いんだ」と微笑まれて、その顔にあっさり負けてしまった。


コンビニに寄ったせいで約束の時間には少し遅れてしまったが、アイスが入った冷たいビニールを持つと、なんだか夏を満喫しているような気がして楽しかった。
インターホンを押してから、豪炎寺が顔を出すのを待つほんの少しの時間でさえ汗ばむような暑さの中、もうすぐ豪炎寺に会えるという期待に、胸が高鳴るのを必死に抑える。


「いらっしゃい。珍しく遅かったな」

「ああ、ちょっとな」

そう言って手に持っていたビニール袋を差し出すと、豪炎寺が眉毛を下げて少し困ったように笑った。

「わざわざすまない」

「お邪魔させて貰うんだから当然だろ」

「冷蔵庫に入れてくるから部屋に行っていてくれ」

「ああ。お邪魔します」


豪炎寺の家には何度もお邪魔させてもらったことがあるから、流石に部屋の位置ぐらいはもう頭に入っている。
階段を上がって右手奥。一人部屋にしては広々としていて、中学生とは思えないぐらい綺麗な部屋に足を踏み入れる。暫くぶりに見た景色だったが、なんだかとても懐かしいような気がした。

「どうしたんだ?…そこ、座っていいぞ」

麦茶とお菓子がのったトレーを持って部屋に入ってきた豪炎寺は、塞がった両腕の代わりに右足で器用にドアをしめて、俺にベッドに座るように促した。

「え、あ…いや、なんか懐かしいなぁと思ってさ」

言われるがままにベッドに腰を下ろして、すぐ隣にあったクッションを手にとった。

「そうだな…確かに、風丸がうちに来るのは久しぶりだ」

「ああ」

そっとクッションを腕の中に収めて、ぎゅっと力を込めると、心地よい弾力と一緒に、心地良いにおいが返ってきて、思わずすん、と息を吸った。

「ん、これ…豪炎寺のにおいがする」

クッションを顔の近くに近づけて、ぽふぽふとクッションを叩くと、やっぱり豪炎寺のにおいがして、ああ、さっき懐かしいと思ったのはこれだったんだな、と幸せな気分になった。

「うん。好きなにおいだ」

「そうか…自分だとわからないな」

「はは、そうゆうもんだろ」

自分の腕に鼻をあてて、怪訝そうな顔をしている豪炎寺が可笑しくて、ついつい口元が弛んでしまう。

「なんだよ、気になるのか?」

「いや…どんなにおいなのかと思ってな」

そう言って、豪炎寺が真剣な視線を投げてきたものだから、ますます可笑しくなってしまった。

「ふ、ははっ!そんなに気にすることか?」

「そう言われてもな」

気になるだろ、と真面目な声で付け足されて、なんだか答えなければいけないような雰囲気になってしまって口ごもった。

「そう、だな。どんなにおいって言われるとな…」

改めて考えてみると、言葉にするのはなかなか難しい。ツンっとしていて冬の冷気みたいに冷たいような、それでいてほんのり甘くて柔らかいような…。

「難しいな…。何かに似てるとかじゃなくて、豪炎寺のにおいだから…」

豪炎寺はますますわからない、とでも言いた気な顔をして暫くじっと考え込んでから、ふっと顔を上げて俺をまじまじと見つめた。

「ん、どうした?」

「…ちょっと考えてたんだ」

「何を」

「いや、風丸のにおいも独特だったなと思ってな」

そう言うと豪炎寺は床から立ち上がって俺の横に腰を落とした。

「俺においあるか?」

「ああ」

「…やっぱり、自分だと分からないもんだな」

しかも、自分で気付かない分、どんなにおいか気になるものだ。
今更ながら豪炎寺の気持ちがよく分かってなんとなく申し訳ないような気持ちになった。

「気になるだろ?」

突然豪炎寺の顔が近づいてきて、驚きと恥ずかしさで目をつむると、首筋のあたりに豪炎寺の息がかかるのが分かって、ますます恥ずかしくなった。

「な、何して…」

「風丸のにおいがする」

「やめろ、って、汗くさいぞ」

「いや、好きなにおいだ」

豪炎寺が首筋でしゃべる度にどんどん体温が上がるようで、顔がたまらなく熱かった。

自分が言ったのと全く同じ台詞なのに、豪炎寺が言うと信じられないぐらいかっこよくて、なんだか悔しい。

「恥ずかしい」

「ほんとのことを言っただけだ」

そういうことを真顔で言われるのは、嬉しくてはずかしくて、変な気持ちになるからやめてほしい。俯いた顔は自分でも分かるぐらい真っ赤だった。

豪炎寺から逸らした視界に買ってきたばかりのアイスが入って、そういえば豪炎寺のにおいはチョコミントに似ているかもしれない、なんて熱で火照った頭で考えた。






シンプルな愛を好む彼

title by M.I様
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