「ここが、後宮か…」
「はい。ここが今日から風丸様がお入りになる後宮でございます」
「こんなに、でかいんだな」
「平安の中心ですからね」
後宮なんて噂に聞くばかりで、遠くからその屋根を見たことがある程度だった。それが今、こうして目の前にあって俺はそこに入ろうとしている。
後宮はとにかくデカくて、その門ですら俺の背丈の倍近くはあった。ここに何百人もの女や男が集まって帝に抱かれるために競い合っているのかと思うと吐き気がした。
「宮坂、今日から宜しく頼むぞ」
「…はい」
「どうした、疲れたなら少し休むか?」
宮坂が突然顔を曇らせるものだから思わず足を止めてしまった。少し後ろを歩いていた宮坂もぶつかりそうになりながら慌てて足を止めている。
「いえ…そういう訳では…」
「ならどうしたんだ」
宮坂の緑がかった瞳が不安気に揺れた。
言おうか言うまいか、と随分悩んだ挙げ句、ついに観念したようで申し訳程度に口を開いた。
「付き人は…本当に僕で良かったのでしょうか…」
「どうした、いきなり」「…僕は、御迷惑をお掛けするばかりで…それに、身分も一番低いです」
「そんなこと、まだ気にしていたのか」
「ですが…」
「俺は宮坂が良かったんだ。お前を付き人にするなんて勝手に決めて悪かった。だけど、そんな事言わないでくれ…頼む」
宮坂さえ笑っていてくれれば、後宮だって何だって頑張れると思った。だけど、ここに連れて来たせいで宮坂が笑わなくなるなら、そんなのは耐えられない。
「そ、そんな顔しないで下さい…!出過ぎた事を申しました…お許し下さい」
「いや…いいよ、顔を上げてくれ」
宮坂はそれでも頑なに俯いていて、見かねた俺はそっと宮坂の髪を撫でた。
「こんな息の詰まるような所に連れてきてすまないと思っている。俺こそ、許してくれ」
「そんな…!僕は風丸様と一緒にいられて嬉しいんです。てっきり、もうお会いできないとばかり思っていたので…」
「なら、顔を上げろ」
「…ですが、」
「いいから」
やっと顔を上げた宮坂はいつものように笑っていて、その笑顔につられて俺も笑ってしまう。
「やっぱり、宮坂が付いて来てくれて良かったよ。お前を見てると安心する。だからお前を選んだんだ」
「…僕、ずっと、ずっと風丸様にお仕え致します。だから、どうか御側に居させて下さい」
宮坂の目から涙が零れた。
頬を伝ったそれは太陽の光を反射してきらきらと光っては名残惜しそうに落ちていく。
幼き少年は涙さえも美しいのだ。その無垢な瞳が羨ましくて俺は宮坂の目元にそっと触れた。自分にはない純粋な美しさに惹かれる。
愛らしい幼さが残る頬に指を這わせて、その瞳には手も届かないと知った。
君の触れた指先にどうしようもなく切なくなって愛しさの意味を知る。
▽風丸と宮坂