「綺麗ね」なんて嬉しくもない言葉を浴びせられて、それでも両親に心配は掛けたくないと無理に笑った。


「そう、ですか?」


今まで着たこともないような、いかにも高級そうな着物に袖を通し、男なのにも関わらず薄化粧をさせられて、髪は下ろされた。ほら、と母親に鏡を渡されて覗き込めばまるで別人のような俺の姿がうつる。なるほど、女みたいだ、と腹の中で毒を吐いて鏡から目を逸らした。


「これならきっと、帝の目にも留めて頂けるわ」

「そうだと良いのですが…」

「ええ、きっと大丈夫」

「ありがとうございます、母上」


笑って見せて、また嘘をついた。喜ぶ母上の顔を見ていたら、言えなかったんだ。本当は行きたくない、なんて。

平安文化の中心として栄えるこの都では一夫多妻が基本で女は後宮に入り天皇の愛人となるのが最も有り難い事とされている。そのうえ今では男までもが後宮に入り愛人として仕える事が当たり前となっていた。噂では、美しいと目に留まった者はたとえ男であっても側に置いて頂けるという。世の中の男にとってもそれが最大の幸せなのだ。
俺は、全くおかしな世界だと思う。当たり前だけれど帝は男だ。同じ男を側に置いて何が楽しいのかが分からない。ましてや男を抱くなんて到底考えもつかない。何かが狂っている。


「では、行って参ります」


だから、行きたくないんだ。後宮なんかに入って好きでもない人に色目を使って必死に仕えて、抱かれるために努力する、なんてそんなの嫌だ。


「母上、どうかお元気で」


それでも、うちは裕福じゃない。帝に気に入られる事ができれば多少は生活しやすくなる。俺が家を出るだけでも、ずっと余裕ができるんだろう。
最近うんと窶れてしまった母上を見ていると、俺が後宮に上がった方がましだと嫌でも思わされるのだった。





融けることもできない、夢見ることもできない、愛に死する勇気はない。

▽風丸
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