寂しい、とふと思った。
どうしていきなり寂しいなんて思ったのかはわからない。ただなんとなく、心が満たされないような気持ちになった。
寝てしまえばそんなの忘れるだろうと目を綴じるのだけれど、困ったことに寝付けない。不安の波みたいなのがぐわっと押し寄せてきて、何があった訳でもないのに心細くなった。
「変なかんじだ…」
寂しさに堪らなくなって、ベットのサイドテーブルに手を伸ばした。片手で、置いてあるはずの携帯を捜す。人差し指に固い感触を感じ、引き寄せて画面を開いた。自分の意思より先に指が勝手に動いて、明るい液晶の中で画面はぱっぱっと代わる。気がつけば電話発信画面になっていた。発信先にはジャンルカの文字。見慣れた名前にそれだけで気持ちが和らいで、ゆっくりと発信ボタンを押した。
「-はい」
「ジャン?」
「-どうしたんだ」
「わかんないよ」
「-は?」
噛み合わない会話にジャンが呆れたような声をあげた。小さくため息をつく音が聞こえて、わかんないってどうゆうことだよ、と聞かれてしまった。
「わかんないけど、電話したくなった。なんか寂しいんだ」
「-まだ、起きてるのか?」
「寝れないんだって」
「-…わかった」
「ジャン?ねぇジャン?」
何がわかったんだ。会話もいまいち噛み合っていないし、意味がわからない。さっきは俺が悪かったけど、今度は絶対にジャンが悪い。
いきなり喋らなくなってしまったジャンの名前を電話越しで何度も呼んでいると、背中の後ろでドアがノックされる音がした。その音は携帯のスピーカーからも聞こえてくる。驚いて振り返ると、ドアが少しだけ開いて「入るぞ」とジャンの声が聞こえてきた。
「どうしたんだよ、マルコ」
「わかんないんだって。あぁ、でもジャンが来てくれたなら良かった」
「変な奴だな」
「あはは。あ、ねぇ座ってよ」
ぺしぺしと自分の横のマットレスを叩いてドアの近くで立ったままのジャンに自分の横に座るように促すと、ジャンはぼふっと俺の横に腰を下ろした。宿舎のベッドは一人で寝るには大きすぎるから、ジャンと二人で座るにはちょうど良い大きさだった。
「寝れないんだろ?」
「違うよ、眠くないだけ」
「さっき寝れないって言ってただろ」
「そんなこと言って。ジャンだって寝れないからこんな時間まで起きてたんだろ?」
「…うるさい」
「図星だ!」
「…帰るぞ?」
「うそうそっ!ごめんって」
あからさま不機嫌そうにして見せてくるジャンが面白くて自然と笑ってしまった。
ジャンの顔なんていつも見てるけど、改めて見てみるとすごく綺麗で整っていた。髪なんかサラサラで、俺のくるっくるのくせっ毛とは正反対だ。ジャンはよく俺のくるくるした赤毛が可愛いって言ってくるけど、俺はジャンの髪質とか色とかの方がずっと好きだと思った。
「子守唄うたってやろうか?」
「え、ジャンが?」
「なんだよ」
「だって下手そう」
「失礼な奴だな」
「あはは。違うんだって」
納得いかないという目でこっちを睨むように見てくるジャンを下から見上げるように見つめた。
「俺はジャンがいるだけでいいんだ」
「…そうか」
嬉しそうにふっと笑ったジャンがかわいくて、すぐ横におかれていた手をそっと握ってみた。するとぎゅうっと握り返されて、面白くなってもっと強く握ってみれば、ジャンもそれ以上の力で返してくる。あんまり強く握ってくるものだから、つい「いたい」と声を漏らしてしまった。
「じゃあ俺の勝ちだな」
「大人げないよ、ジャン」
「一人で寝れないマルコよりずっと大人だ」
「うるさいな。眠くないだけだって言っただろ」
「そうだったな。ほら、早く寝ろ」
ジャンはそう言うと、寝転がった俺に優しくタオルを掛けてくれた。いつもそうだ。ジャンが何かと手を焼いてくれるのにももう慣れた。
「ねぇ、ジャン」
「ん?」
「やっぱり聞きたいかも、ジャンの子守唄」
いいよ、どうせ下手だから、なんて意地悪っぽく言ってきたジャンは、そのかわりに髪を撫でてくれた。それからいつもみたいに額の髪をふわっと掻き分けて、そこにそっとキスを落とした。
「おやすみ、マルコ」
おやすみ、と言い返したくて小さく息を吸ったのだけれど、自分の眠さが限界だった。心の中で、おやすみと呟いてから、ひどく重い瞼の重さにそのまま目を綴じた。
置いてきぼりの子守唄
▽ジャンマル企画様提出