気付いたら目の前には天井と、心配そうにこちらを見つめる少女の顔があった。微かに漂う薬品の匂いからすると、ここは医務室のベッドといったところだろうか。
いつから寝ていたのだろう、とまだぼんやりとしている思考の中で必死に考えてみるけれど、今日一日の記憶が鮮明でない。なんだか自分の身体が自分のものではないような感覚に襲われて身震いした。


「あ…、起きましたか?」


枕元から綺麗に通る控えめな声がして、そっと頭を横に傾けた。そんな事をしなくても声の主は分かりきっていたのだけれど、彼女の方に顔を向けたのはいわば返事の代わりだ。


「久遠か」

「心配しましたよ。風丸くん、突然倒れちゃったから…」

「ああ、俺倒れたのか」

「…はい。今日はいつもよりも暑かったから、多分熱中症だと思います」

「…そうか。迷惑かけて悪いな」

「ううん。無理しないで」


逆光の中で微かに笑う久遠を見て、彼女には医務室という場所がよく似合うと思った。白い肌に、綺麗に結わかれた薄紫の髪、優しい言葉遣い、控えめな態度。白衣の天使なんて言ったら言い過ぎだけれど、清潔感のある彼女の容姿と、彼女自信がかもしだす優しさが病人を安心させる。今だって、ふっと微笑んだ久遠の笑顔を見て体が楽になったような気がした。


「みんなに迷惑かけちゃったな…」

「そんな…。まもるくん達だってすごく心配してたし、迷惑だなんて…」

「はは、でも明日から挽回しないとな」

「うん」


会話は長くは続かない。少し話しては沈黙が入り、また暫く話してはお互いに喋れない時間ができる。
正直、久遠と二人きりで話すというのには抵抗があった気がする。俺も久遠もあまり自分からガツガツ喋るタイプではないし、いつも円堂や鬼道なんかが上手い具合に会話を繋いでくれて会話が成り立っているのだ。そんな二人が会話をして会話が続くとは到底思えない。
普段あまり話さないとは言え気まずくなるのは避けたいな、なんて気を遣っていた訳だが、それは無駄な心配だった。会話はそれほど続かないが、その沈黙は何故かとても心地良くて、気まずいとは感じさせなかった。


「風丸くんなら大丈夫ですよ」

「え」

「挽回しなきゃって話しです。風丸くんなら、できますよ」


こうゆうのを世間ではお世辞と捉える人もいるのだろうが、久遠の言葉には変に気遣った様子はなく、彼女の目はいやに真剣だった。


「そうか?」

「うん。だって、お父さんも風丸くんには期待してるみたい」

「監督が…?」

「お父さん、言い方は厳しいけど、このチームのみんなにすごく期待してるの」


グラウンドに目を向けて父親の姿を確認した久遠が、ふっと笑ってこちらに視線を戻した。


「お父さん、不器用だからあんまり褒めないけど」

「そうだな」

「風丸くんは、ディフェンスでもミッドフィルダーでも使える選手だ、って前にお父さん言ってた」

「…久遠監督がそんなことを」

「だからね、大丈夫」

「ああ、頑張るよ」


ありがとう、と軽く微笑むと久遠の頬が微かに赤く染まった気がした。


「い、いえ…。でも、力になれたなら、嬉しいです」

「すごく励まされたよ。ありがとな」

「そんな…迷惑かけてばかりですけど…私もマネージャーですから」


少し照れたように笑った彼女がすごく健気で、かわいらしく見えた。


「選手の話しを聞けるのは、立派なマネージャーだよ。それに、久遠がいてくれて俺達はすごく助かってるしな」

「そう、ですか?」

「ああ。だから、もっと自信を持ってもいいんじゃないか?」


俺の言葉を聞いた久遠が、恥ずかしそうに顔を赤らめた。なんだかこっちまで恥ずかしくなって、何か言おうかと考えていると彼女の笑い声が耳に入った。ふふっ、と今日一番明るく笑った彼女は、暫く楽しそうに笑ったあとで、俺に視線を向けて少し口角をあげて見せた。


「風丸くんて、優しいんですね」


静かな医務室には彼女の控えめなソプラノだけが響いていた。











甘くって苦くって変な味
title byクロエ

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