完全に締め切られている窓からは本を読むには眩しすぎる光と、到底心地良いとは言えない熱気が入ってくる。
目の前には夏休みのレポートの為に借りた数学やら公民やらの参考文献が数冊積まれていて、どうしようもなく憂鬱な気持ちになった。
本を読むのは割と好きな方だけど流石にこれは専門外だ。
表紙を開くのさえ面倒で、特に何がある訳でもない窓の外に視線を移した。
ああ、走りたい。倒れるまで思いっ切りサッカーがしたい。
倒れるまでなんて馬鹿なことを考えてる自分に苦笑しつつ、とりあえず表紙だけでも開かないことには何も始まらないぞと無駄に分厚い参考文献の表紙に手を掛けた。
「…風丸?」
突然名前を呼ばれて後ろを振り向く。聞き慣れないけどすごく安心感のある低音がいやに心地よかった。
「えっと…」
「突然すまない。帝国の源田だ。覚えてないか?」
「ああ、ゴールキーパーの!久しぶりだな」
名前まで言われてやっと思い出した。
言い訳をすれば、帝国戦の時はまだまだ弱くて、自分のことに精一杯で記憶が薄れてしまっていた。けど、数回しか顔を合わせたことがないとは言え、向こうはこちらの顔も名前も覚えていたのに自分は思い出せなかったことが申し訳ない。バツの悪い顔をした俺に、気にするなとでも言いたげな視線を向けた源田は、隣の椅子の背もたれに軽く手持ちの本を乗っけた。
「隣、いいか?」
「ああ、勿論」
隣に置いていた荷物をどかして軽く椅子を引くと、ありがとうと軽く微笑まれた。その笑顔に心なしか体がほてる。
「夏休みの課題か?」
「あ、これか?レポート書かなきゃならないんだ。本は好きだけど参考文献となるとな…はかどらなくて」
「はは、同じだ」
「え?」
源田は右手に持っていた本をすぅっと俺の前までスライドさせると困ったように眉を下げて笑った。大きめの本の表紙には帝国学園の歴史と立派な活字で書かれている。
「学園についてのレポートを書けと言われている」
「うわ、凄いな…」
紙の一枚一枚まで高級そうなその本には歴代の学園長だとか創立時のエピソードだとかがびっしり書き込まれてあった。さすがは有名エリート校なだけあってやることが違う。参考文献とは言っても写真も沢山ついているし、制服の原形なんてなかなか興味深いものも載っていてつい真剣に読んでしまう。
「すまない風丸。ちょっといいか」
「なんだ?」ふいに声をかけられて顔をあげると、右サイドの前髪を耳にかけられた。右耳に、髪がかかるふわっとした感触とほんの少し触れた源田の指の感触が残る。
「読みにくいだろうと思ってな」
「え…ああ、ありがとう」
突然触れられた右耳が熱い。ふわふわするような、きゅっとなるような、なんだか分からないけどすごくもどかしい気持ちになった。
「余計なことをしてすまない」
「いや、いいよ。ありがとう」
「長くて邪魔じゃないのか?」
「よく言われるけど、慣れると分からないもんなんだ」
「そうか」
「切ろうかとも思うんだけど、なんとなく切れないんだよ」
「確かに切るのは勿体ないな」
髪を一束とって、ほんとにサラサラだな、と嬉しそうに笑う源田は余計に俺の心を掻き乱した。前々から男らしい奴だとは思ってたいたが、綺麗に整った顔立ちに程よく筋肉のついた体。憧れの高い背。ついには雰囲気さえも凛々しい。それでもって優しくてチームメイトからの信頼も厚いときた。こんな奴がいていいんだろうか。神様は不平等だと心の中で呟いて、触れられた髪にそっと指を絡ませた。
ある夏の日のレモネード
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