私はつい最近、大阪からこちらに引っ越して来たばかりで、まだ慣れない道を散歩していたら軽いバウンド音がどこからか聞こえてきた。好奇心旺盛な年頃のものでついつい音のするほうへと向かってしまい、彼、切原くんと出会った。切原くんは一心不乱に小さいボールを打ち続け、私には気付いていないようである。テニスなどした事のない私にもわかるくらいの綺麗なフォームでボールを打つ彼から私は目が離せなく、つい見入ってしまっていた、のに。頬を凄い勢いでかすっていったボールの軌跡がまったく見えず、呆然とするだけだった。切原くんはラケットを握ったままこちらに走ってきて、ボールを拾う。謝罪の一言でも言えばいいのに、と彼を見れば、切原くんの目は真っ赤でさっきまで黒かったワカメのようは髪の毛は白く染まっている。丁度、ひどい花粉症持ちの私は目薬をもっていたので軽い気持ちで話しかけた。


「えっと…、目薬さしてあげようか?」


一生懸命言葉を選び、イントネーションに注意しながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あんた、潰すよ?」


キレないわけがない。

もともと私はそんなに気が長い方ではないし、一方的であるが親切心をもって話しかけたのだ。大阪にて養われたお節介をここで使わなければどこで使うのだろう、その考えは見事に一変されるのである。都会の人は冷たいとは聞いていたがこんなにとは。都会の人がやたらと攻撃的である事に気付いたらもう反撃しない手はない。


「…ええ加減にせえよ」


本間にうち怒ったで。


「ひっ」

「え」


小さく悲鳴を洩らした切原くんはラケットとボールを持って走って逃げて、物陰に隠れてしまった。


「なんなん、何で逃げるん!?」


今からこってり説教をしてやろうと思っていたのに、そう素直に逃げられてしまえばこちらも調子が出ない。


「すいません!すいません!」


物陰から少し覗いている髪色は黒にもどり、必死に謝る彼は先程の偉そうな態度の影も形もなかった。


「何やねん。なあ、別に怒ってへんから出て来いや」

「いや、あの、すいません当てるつもりはなかったんです!」


ん?若干話しの噛み合わない切原くんに一歩近付くと彼も一歩下がる。

あれ、完全にビビらせちゃってる…?


「ご、ごめんなさい!!」


切原くんはそう言い残し、持っていたラケットを落としてそれはもう凄いスピードで走り去っていった。

私の説得も虚しく、彼はいなくなった。ここに残されたのはラケットとボールのみ。…さて、私が何故彼の名前を知っているかというと。只単純に、ラケットとボールに稚拙な文字で『きりはらあかや』と書いてあったからだ。ついでに『りっかいだいふぞくちゅうがっこう』とも。自分の名前も漢字で書けない彼のラケットとボールを持ち、自宅への帰路を急いだ。明日から私が通う事になるであろう中学に持って行き、無事に届けてビビらせてしまった事も謝らなければいけない。

ところが明日もまた切原くんに怖がられるのはまた別のはなしだ。
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