俺の彼女は2年の時四天宝寺に転校してきた。

驚くことに俺は一目惚れっちゅうもんをしたようで、彼女が困る度に手を差し伸べさりげなくアタックしてきた。積極的な女子が苦手やった俺の尽くしっぷりに周囲は目を丸くしていた。苦労の甲斐あってか俺は今『彼氏』の立場を満喫中…………

の筈だった。


「名前ほんまごめん!」

「……いいよ、蔵ノ介くんだって大変でしょ?」


名前はめっちゃおとなしい。いつも穏やかに微笑んで、俺の傍におってくれる。………いつも俺の都合で予定が中止になった時も、許してくれる。


「……なぁ、名前」

「どうしたの、蔵ノ介くん?」

「俺、名前の彼氏でおってええんかな」

「………どういうこと?」

「いつも俺が忙しいから予定が中止とか、」

いつも思っとった。名前は、俺とおって楽しいんかって。気が付けばそんなとりとめの無いことを口から垂れ流しにして。


「………蔵ノ介くんは」

いつも穏やかな彼女の声が、シャレにならないぐらい低くなった。………あかん、なんかごっつい地雷踏んだで俺。


「うちん気持ちひとっちゃ信じとらんかったんやな!」

「……え?」


標準語ではない、関西訛りやけど大阪弁とはちゃう……名前の声が降ってきた。


「蔵ノ介くんいっつもしょわしないけん、じょんならんが!やけんこらえとったんに……」

「せやかて、」


大きくなった名前の声に、つい俺も声を張り上げた。


「言われへんかったらわからへんやないか!」


名前がどんだけ我慢しとったか、俺がどれだけアホやったか。案外頑固な名前は俺に遠慮しっ放しや。この際一気に本音をぶつけて貰おうやないか。そう思い俺は言い返すことにした。


「そななこと言うて何になるんな!どっちゃこっちゃならんことで蔵ノ介くんまぜくりかえして何になるん?!」


……あかん。語感はなんや可愛えけど、何言ってんか……なんとなくしか分からへん!


「……いよいよじゃわ」

「へ?」


名前はきっ、と俺を睨み付けて一気にまくし立てた。


「くそっ腹が立つんじゃわうちに!ごじゃはげな八つ当たりしてしもて……」

「待ってぇな名前、」

「こななめんどい奴って思われた無かった……」

「名前!」


思わず叫んだ。


「このアホ!」

「……!どうせうちはアホじゃわ」

「ちゃうわ名前の言う意味ちゃうねん!」


すぅ、と息を整えた。


「なんで自分ばっか悪く言うんや」

「……やって、蔵ノ介くん困るやんか」

「困らへん。名前、俺いつも無理に我慢ばっかさせとったな……ほんま」


アホなんは。


「俺、アホどころかボケやわ」

「ちゃう!蔵ノ介くんは……いつも頑張んりょるけん、しんどいやんか」

「……俺、名前を大切にしたい」


名前はきょとんとして俺を見た。


「めっちゃ大切にされてんのに気付いてへんかった。せやから名前をもっと大事にしたい」


名前は顔を段々と赤くして俯いた。


「………ほっこ」

「ほっこ?」


聞き返しても何でも無い!と言い張ったので取り敢えずスルー。……大方アホに近い意味ちゃうかな。


「な、名前。仲直りしようで」

「……馬鹿な口喧嘩してごめんなさい」


あ、標準語に戻ってもうた。……せやなぁ、


「俺もごめんな、いつも我慢ばっかさせて」


また方言でこんな本音の言い合いも悪ないけど。


「方言出すんは俺の前だけにしてな」

「!」

名前の素の可愛さを知っとるんは俺だけで十分やっちゅう話や。謙也、勝手に使て堪忍な。


***

〜方言解説〜
ひとっちゃ……一つも、全く
しょわしない…忙しい
じょんならん…どうしようもない、自由にならない
こらえる………我慢する
どっちゃこっちゃならん……どうにもならない

まぜくりかえす…邪魔をする
いよいよじゃわ…呆れ果てるわ
くそっ腹が立つ…とても腹が立つ
ごじゃはげ……無茶な
めんどい………気難しい
ほっこ…………ばか
へんこつもん…頑固者
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