「はぁ…」


神奈川に越してきて二週間。想像してたよりも周りの皆は良くしてくれる人ばかりで良かったと思う一方で、使い慣れた言葉で話せない事にイライラしている自分がいた。


「(別に変わらんっちゃ変わらんのやけどの…ほやけど標準語は楽でないんやってなぁ)」


同じクラスになったテニス部二人組の内の一人は彼曰く方言キャラで通しているんだかなんだかで西の方の方言を使っている。たまにそのイントネーションをキッカケに我慢している方言が引っ張られて出てきそうになるのを、今のところは何とか堪えているんだが、近頃は必要以上に絡んでくる様子を見るともしかするとそれに気付いて私を訛らせようとしてるんじゃないかと思う事もあるほどだ。

折角ざいごくせぇの隠してるんやでこのキャラを崩すわけにゃあいかんのやって…!


「おーい、名字!ちょっと聞きたい事あんだけどさー!」


昼休み。遠くから声を掛けたのは丸井くんで例の仁王くんと共にこちら見ている。

…こ、これは戦いを挑まれるに違いない!


「…なにかな?」

「あのさー、名字が前いたとこって訛りとかねぇの?」


うおおおおストレートにきたー!丸井くんまで私に鈍らせる気だな!?いいだろう受けて立とうじゃないか!


「ある事はあるけど…そんなに面白いもんじゃないよ?」


苦笑いを浮かべながら答えると聞かせろと言わんばかりに丸井くんは隣の子の椅子を引っ張ってきて私に座れと促した。


「そんなに気になるの?」


腰を掛けつつも何とかこの場から逃れる術はないかと頭の中で考える。


「当たり前だろぃ!仁王みたいに変な言葉なのか?」

「おい丸井それ俺に失礼じゃろ」


聞かせろ聞かせろと喚く丸井くんは机の上に置いた赤いクッキーの空き箱を机にバンバンと叩いていてなんというか…暴れている。…そんなに気になるものなのだろうか、全くもって不思議なものだ。


「そ、そう言われても…。てかそれいらないんなら私ゴミ箱なげてくるから貸して」

「は?」

「え?」

「お前さん…」


なぜか静止した二人はギョッとした目で私を見ている。何か変なことを言ったのだろうか?


「ゴミ箱投げるって、何」


若干引きつった顔でそう言う丸井くんの横で仁王くんは小さく肩を震わせて笑っている。

え?投げ、投げる、投げる?…ああ!やってしまった…!


「いいいいや、違、違うんやって!別にゴミ箱を投げるんじゃないでの?空き箱やったしもういらんのかと思ってえ聞いた…って普通に喋れてないが?!ほやけど違うんやって、別にそんなおとろしぇーこと言いたいんじゃないんやって!おぇー、もう言葉が出てこんげ!あのぉゴミ箱投げるってゴミ箱に投げるんやでの?投げるって普通でなんていうんやったっけ?なんやしおもっしぇの分からんようなってもたが!もー!頭ん中ぁちゃがちゃがんなっつんてるでちょっと待ってや!整理するわ!」


一気にまくし立てた後一度落ち着こうと深呼吸してみれば、二人はおろかクラス中がシーンと静まり返っていた。

ああ…もう…


「なんやし私ひってのくてえことしつんたが!!!」


顔を真っ赤にしてそう叫べば紅白頭の二人は勢い良く吹き出した。それからの私は訛りも気にせず方言丸出しで喋るようになりました。

外でやとまぁ恥ずかしいけど、アレだけ笑われつんたら色々吹っ切れたで普通に喋るわ。ほやけど、そんなおもっしぇかったけ?

そう言って笑われたのも今はもういい思い出、だと思う。まぁでも、都会に染まるには暫く時間がかかりそうです。


「名字と喋ると頭おかしくなりそうじゃ」

「私も仁王と喋るとよそんちの方言とちゃがちゃがんなるわ」

「お前ら日本語喋れよ頼むから」


***

ざいごくせぇ=田舎臭い
投げる=捨てる
おとろしぇー=恐ろしい
おぇー=感動詞、喜怒哀楽どの感情の時でも使える便利な謎の言葉
おもっしぇ=面白い。またはおかしい、変な
ちゃがちゃが=ごちゃごちゃ、ぐちゃぐちゃな様子
ひって=ひどく、とても
のくてえ=アホ、バカ
…が、…げ、…やざ=…じゃないか、…だよ
…しつんた、…してんた=…してしまった、…しちゃった
補足、イントネーションはほぼ平板
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