「おどりゃーえぇ加減にせぇよ!」

「……え?」


普段は流暢な大阪弁で喋っとるうちのマネージャー、名字ちゃんが放ったその一言は、部活終わりのおやつタイムでくつろいどった俺らを凍りつかせるには十分な破壊力を持っとった。

っちゅーわけでこんにちは、現場の謙也やで。何で俺がこんな役回りなんかっていうと、他の奴らは完全にフリーズしてもうて役に立たへんから。あの白石も、普段冷静な銀も小春も、名字ちゃんと一緒に居る時間が一番長いはずの財前さえこの有様や。何で自分だけ無事なんか不思議やけど、多分普段から財前とか名字ちゃんとかに色々言われとるからやろな。こいつらとはメンタルの鍛え方からしてちゃうねん!……うん、何か悲しくなってきたけど、ここは俺がしっかりせな!俺がしっかりせんと、この状況がツッコミなしでスルーされてまう!大阪人としてそれは絶対阻止せな!

全てのはじまりは、銀がおやつ用に持ってきてくれた東京銘菓『ひよ子饅頭』やった。しかも銀のオカンが気ぃ遣こうてくれて、オサムちゃんと名字ちゃん含むテニス部全員分。有名な東京のお菓子を前に俺らは大興奮、部活が終わるとすぐにガッツいて食べ始めた。ここで誤算が一つ。ドリンクの粉とかタンクとかを片づけに行ってくれとった名字ちゃんの分を、ユウジが余りやと勘違いして食べてしもうて、それを名字ちゃんが知って冒頭に戻る……ってわけなんやけど、やっぱ俺、説明とか下手やな。

俺が慣れてへん説明とかしとる間にも、名字ちゃんのユウジに対するマシンガントークは続く。


「石田先輩が全員分ぴったりあるって言うとったじゃろうが!勝手に人のモンにまで手ぇ出すとかアンタアホじゃろ?どう落とし前つけてくれるんかのぉ、あぁ!?」

「え、……あ、え」

「ほれ見てみぃ!もう全部みててしもうとるじゃろ!人の話も聞かずに最後の一個食べてまうとかちばけなよ!」

「……う、うう」

「はいストォオオオップ!てかアウトやから!俺が説明してへんからかろうじて伝わってへんけどこの絵面と空気アウトオォォオ!」

「ああ!?外野は黙っとけや!それとも何ですか?謙也先輩が私にひよ子饅頭くれるんすか?」

「いや、俺もう自分の食べてもうたし……」

「じゃったら口出さんとって下さい」

「すいませんでした」


俺の決死の割り込みも呆気なく却下され、展開は本格的に名字ちゃん・オン・ザ・ステージに突入した。ユウジをこれ以上もないくらいに正座させて、どっかの怖い方言でマシンガントークを繰り広げる名字ちゃんは……なんちゅーか、アレや、やのつく自由業のおっちゃんみたいにドえらい迫力がある。部室に居る他の皆は、せめて自分に火の粉が降りかからんように気配を消して遠巻きに眺めることしか出来へん。


「(ユウジ、ほんま堪忍な…!)」


テニス部の皆の心は、そん時、一つになった。


「一氏先輩のあんごう!」

「ひいっ!」


なんて感動的にまとめてみても、現実がなんとかなるっちゅー訳もなく。凍りついた空気が流れる部室の中に、名字ちゃんの怒号だけが空しく響き渡った。ああ、もうこれはアカン。誰の頭にも絶望の二文字が浮かんだ、その時やった。


「名字はん、もうこれで堪忍したってや」

「銀!?」

「師範!?」

「石田先輩!?……それは」


部室に居る全員の視線を浴びながら颯爽と立ち上がったんは銀で、その手にあるのは紛れもなく『ひよ子饅頭』の包みやった。


「お袋さんが予備で送ってくれとったやつや。気にせんでええから、いっぱい食べや」

「えっ……いいんですか!?」

「勿論や」

「い、いただきまーす!」


ひよ子饅頭を美味しそうにほうばる名字ちゃんに、あのやのつく自由業のおっちゃんみたいな迫力はない。戻った!いつもの名字ちゃんに戻ったんや!

名字ちゃんがご機嫌な様子でひよ子饅頭を平らげていく一方で、俺らはあの空気から解放されたことを救世主銀を囲んで和やかに喜び合う。半泣きやったユウジは小春に向かって突撃していって、いつもなら冷たくあしらうはずの小春も、今回ばかりはかわいそうやと思ったんか大人しくユウジに抱き着かれとる。四天宝寺の部室は、いつもの明るい雰囲気を取り戻しつつあった。


「……なあ、名字ちゃん」

「謙也先輩?何ですか?」

「あれ、何語やねん」


名字ちゃんがぺろりとひよ子饅頭を平らげ、事態が落ち着いた頃合いを見て、俺はそう問いかけた。それは俺を含むテニス部全員が抱いていた当然の疑問やったらしく、全員揃って名字ちゃんに興味ありげな視線を送る。


「ああ、あれですか?岡山弁ですよ」

「岡山!?」

「あれ、言うてませんでしたっけ?私、中学に入って大阪に落ち着くまではあっちこっちよお引っ越ししとったんですよ。そんでその前まで一番長く住んどったのが岡山やから、まだ岡山弁喋ったり出来るんですわ」

「ちょお待った!名字ちゃん、テニス部に入って来た頃にはもうばりばりの大阪弁やったやないか!」

「あっちこっち引っ越しとったんで、その場所の方言に染まるんも慣れとるだけです。ちゅーか、大阪弁って癖強過ぎるやないですか!そんなん一日中聴いとったらそらすぐに喋れるようになれますわ!」

「……せやったんか」

「岡山弁って迫力あるし、訛りも怖いから喋っとると周りが勝手にビビってくれて都合がええんで。キレた時とかによお使いますね」

「(もう絶対にこの子キレさせたらアカン……!)」


そう言って笑う名字ちゃんを前にして、俺たちテニス部の心は再び一つになった。


***

方言解説
おどりゃー=この野郎
みてる=なくなる
ちばける=ふざける
あんごう=馬鹿野郎
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