三つ巴








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「兄上!兄上!」

まるで蟹のような一風変わった髪型をした青年が兄の姿を探すため、だだっ広い屋敷の中を歩き回っていた。

彼の名は醍醐多宝丸。醍醐景光と縫の方の次男坊である。

幼少期の熱病により右目が見えないが、剣術の達人で負け知らずだ。

ただ一人、彼の兄を除いて。

「またあそこだろうか。」

多宝丸は屋敷から幾ばくか離れたところにある池に囲まれた離れへと足を運んだ。

そこは使用人たちで賑やかな屋敷とは違い静かで、聞こえるのは鳥のさえずりや虫の鳴き声くらいである。

屋敷と比べればこじんまりとした離れとはいえ、そこで食事を取ったり、寝泊まりすることも出来る。

「兄上」

暖かい部屋の中には入らず、乗せられるままに顔や体に落ち葉を乗っけて寝そべっている青年に多宝丸は声をかけた。

季節は弥生の終わり。まだまだ冷える。

「そんなところで寝そべっていては風邪を引くと、いつも言っているではありませんか。」

瞼に乗っかっていた落ち葉をつまみ上げ、片目を覗かせた青年は多宝丸を視線だけで見上げた。

「俺は外が好きなんだ。それに、外で寝たくらいで風邪を引くほど俺はヤワじゃないぜ。」

はぁ、とため息をついた多宝丸は青年を起き上がらせるため、手を差し伸べた。

青年はふっと笑うと多宝丸の手を取り、ゆっくりと起き上がった。

青年の名は醍醐百鬼丸。多宝丸の兄であり、醍醐家の長子である。

「今日はな、多宝丸。」

「な、何ですか兄上。」

いつもよりも優しい表情で微笑む百鬼丸に多宝丸は戸惑う。

「俺の大事な人が来る。」

「大事な…人。」

多宝丸の頭にぴんと浮かんだのはすばしっこくて小生意気な坊主だ。名をどろろという。

どろろと多宝丸は、会ったことがある。

百鬼丸と多宝丸がまだお互いを兄弟だと知らぬ時に一騎討ちの勝負をし、その際に百鬼丸の傍にいたのがどろろだ。

戦いは、多宝丸が負けた。

百鬼丸は多宝丸の命を取ることはしなかった。戦いの直前に魔神から弟であることを聞いていたからだ。

その後、父である醍醐景光は魔神の力を失い失脚。

百鬼丸は多宝丸に再会を誓い、残りの魔神を倒すため、再びどろろと出立した。

醍醐景光は失意により一気に老け込み、自分が誰なのかも分からなくなってしまった。

利発な多宝丸は父の失くした権力を信頼の置ける家臣たちの手を借りながら、見事に再建した。

その月日の中で醍醐景光は老衰で亡くなり、母は年老いながらも多宝丸を支えた。

独り身である多宝丸を案じ、母は多宝丸に嫁を貰うよう何度か説得していたが、兄上が戻るまで貰う気はない、の一点張りでここまで来てしまった。

多宝丸が押しも押されもせぬ大名になった頃、百鬼丸が戻った。

「立派になったな、多宝丸よ。」

「戻ってくるのが遅いんだよ、兄上。」

涙を浮かべ、二人は熱い抱擁を交わした。

そして多宝丸はどろろがいない事に気付いた。
百鬼丸によると途中で別れたらしい。

何故なのだと聞くと、あいつには幸せになって貰いたかった、と寂しそうに語った。

あれからさらに数年。いつのまに兄はどろろと連絡を取っていたのだと多宝丸は目を丸くした。

多宝丸はどろろが苦手だった。

明るくて、素直で、臆する事なく楽しげに百鬼丸と会話をするどろろ。

今は角が取れ、百鬼丸に対しても昔よりも素直に接することができるようになった多宝丸だが、出会った当時は自分にない、尚且つ最も欲しいものを手に入れているどろろが、眩しかった。

どろろを見つめる百鬼丸の目はどこまでも優しく、本来は兄弟として仲睦まじく育つはずであった自分たちの運命を呪った。

「どろろさんが、おいでになりますのね。」

多宝丸が過去に想いを馳せていると、縫の方がいつの間にか離れへ来ていた。

母の方を見、そして微笑みながら頷く百鬼丸。

その光景に多宝丸の胸は締め付けられた。

兄への想い。

母への想い。

一時はもう二人の親子の縁は終わりだと思っていた。

神も仏もない。そんな風に自暴自棄になった時もあったが、ひたすらに歩みを進めてきて良かったと、多宝丸は幸せを噛み締めた。

「あにきーっ!おいらだよー!門を開けてくれっ!おい、だからおいらは百鬼丸の相棒だってーの!信じろよなぁ。」

遠くからでもよく聞こえる大きくて元気のいい声。

変わらない。そう思った多宝丸の顔には自然と笑みが溢れる。

「迎えに行きましょう、兄上、母上。どろろが待っていますぞ。」

三人はどろろが待つ正門まで向かった。

三人一緒に歩き始めた筈だが、徐々に徐々に百鬼丸の足が速くなる。

早く会いたい。そんな気持ちを表しているようだった。

「私たちは後から追いつきます故、先に行ってください兄上!」

母と笑いながら言うと、百鬼丸は照れ臭そうに正門へと走った。

「おっそいぞアニキ!こいつら、全然おいらがどろろ様だって信じねぇし。」

扉の陰で見えないが、どろろと百鬼丸の声が聞こえる。

「申し訳ありません、どろろ様、なにぶん、生意気なこそ泥のような奴と聞いていまして…」

「何だってぇ!?」

「いや、どろろ、それは昔の話でな」

「昔だってこそ泥なんかじゃないやい!天下の大泥棒、どろろ様だってんだっ!今はもう盗みはやめたけどなッ!」

「悪い、悪い。機嫌を直してくれよ、どろろ。」

相変わらずの威勢の良さだ。そう思い、多宝丸は扉の向こう側へと顔を覗かせた。

瞬間、多宝丸の体に電流が走った。

「美しい。」

思わずそんな言葉が口を衝いて出た。

太陽に煌めく長い黒髪に大きな瞳。

少し日に焼けた肌に紅葉のような鮮やかな唇。
戦でもここまでは跳ねることはなかったと思うほど、心臓が跳ね上がる。

「御婦人。お名前…は。」

「今更何言ってんだよ多宝丸!どろろだよど、ろ、ろ!もう忘れたのか!?」

「ゲェッ!どろろ!?あのどろろ!?」

「げぇっ!て何だよ失礼な!」

「多宝丸お前、今どろろに見惚れてただろ。」

ニヤニヤしながら多宝丸を見る百鬼丸の言葉に多宝丸の火照った頬はさらに赤くなり、まるで茹で蛸…ならぬ、さながら茹で蟹になっていた。

「たわけっ!そんなわけ有りませぬ!!」

動揺で昔の口の悪さまで戻ってきてしまう。

「まぁ、ついに妻を娶る気になりましたか。」

本気なのか冗談なのか分からないことを縫の方に言われ、多宝丸はわなわなと体を震わせた。

「母上ッ!」

今すぐ離れへ駆け戻り、閉じこもって固く錠前をかけてしまいたいと多宝丸は思った。

その様子を笑って見ていた百鬼丸だが、どろろの顔色もほんのりと染まっているところを見て、さっと青ざめた。

「うおっホン!!母上、どろろは、俺の許嫁です。」

わざとらしい咳払いをして百鬼丸は言い放った。

「えっ!?」

多宝丸に釘付けだったどろろの目が百鬼丸へと移った。

「そんなこと、今まで一言も。」

「今宵の宴で皆に言うつもりだったが、この状況ではやむを得まい。宣戦布告だ、多宝丸!どろろは俺の女だ!!」

勇ましく宣言する百鬼丸に驚くどろろ、きらきらと目を輝かせてその様子を見守る縫の方、そして多宝丸はというと。

「受けて立ちましょう…!」

彼もまた、高らかに宣戦布告を受けて立ったのだった。















終 2019.1.18 新アニメ放送記念

多宝丸と読者様へ愛を込めて。
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