惑う僕と空揚げの香 この間は挨拶のひとつもできなかった月宮さんと日向さんに会いに事務所の廊下を進む。 「あれ〜?アイアイこんなところで何してるの?」 突如後ろから聴こえたかつての友人の声に名前は固まる。 向こうは藍だと思っているらしい。 名前が固まっている間も彼の口は止まらない。 「てかアイアイ、髪おろしてるなんて珍しいね〜」やら「さっきから黙ってるけどどったの?」やら少しばかり鬱陶しい。 「もしかして、アイアイ無視?無視してるの!?お兄さんしょぼーん…。」 「嶺二…良い歳の大人が何してるの…。」 しょぼーんとか良いながらいじけたふりをする嶺二に名前はやっと口を聞くことができた。 「ひどっ!相変わらず辛辣!!…てかアイアイ今日なんか元気なくなーい?さっきから下ばっか見てどうし……え?」 「え?」 俯いて髪で隠れた顔を覗き込む嶺二と目があった。 小声で「愛音…?」と言ったのが聴こえた。 いつかは会おうと思ってはいた。 でも今藍じゃないことに気づかれなかったとしたら名前はそのままにしていた。 突然自分を認識されたことに緊張する。 このまま聞こえなかったふりをするか、それとも…。どうしようだけが頭を廻る。 「な、わけないか…ごめんアイアイ。また間違えちゃった。」 「うん。」 余りにも痛々しいその笑顔は哀しみを隠しきれず逆に際立って見えた。 ワンテンポ遅れた自身が名前であると顕す返事は勘違いされる。 「本当にごめん…」 「久しぶり。」 こんなに思ってくれる友人に自ずと答えが出た。 嘘はつきたくなかった。 嶺二の顏は正に絶句、といった様子だった。 |